諦めなければいいってワケじゃない。大事なことは、何をあきらめずに生きるか。

 諦めなければいいってワケじゃない。大事なことは、何をあきらめずに生きるか。


(下手に努力を積んだ者ほど、主に対する疑念をいだきがち。『命の王』など存在するわけがないと思いたくなってしまう人のサガ。『絶望の壁』を、当たり前のように越えていく存在などいるわけがない、という、もはや脊髄反射ともいうべきメンタル防御思考)


 ハンパに『絶望を知る者』ほど、

 センエースを忌避する傾向にある。

 きわめて惨めで無様な『命』のあるある。


(……もはや『嘆くこと』にさえ飽き飽きしてきた『人の脆弱さ』……『人として当然の生理』と言って差し支えない無様な疑念)


 主がいかに美しいか、それを言葉で並べたてることはさほど難しくない。

 パメラノに本気で『主の偉業』を語らせたら、

 一時も休まずに、延々としゃべり続けるだろう。


 だが、だからこそ、

 パメラノは、スールに対して多くの言葉を使わない。


 主を理解できているからこそ、

 同時に『言葉で主を伝えることはできない』と強く理解している。



(もう少し、主がまともであってくれたら、ここまで『こじれた若者』が出てくることもなかったんじゃろうが……いや、主がまともであったなら、世界は終わっていたから……これは意味のない仮定じゃな……)



 パメラノは、しんどうにため息をつくと、

 スっと、その目をスールと合わせて、



「ぬしの気持ちは十分に理解した」


 理解したというより、あきらめたといった方が正しい。

 スールと『対話を続ける理由』が、

 もはやパメラノには一つもなかった。


 ゼノリカに所属しているからと言って、

 なんでもかんでも『あきらめずに立ち向かう』というわけではない。


 上に立つ者にとっては、取捨選択も大事な仕事。

 大事なものだけを守り、ゴミは捨てる。

 『ゴミに時間をかけて、大事なものを疎(おろそ)かにする』など、

 絶対にあってはならない。


「……熱き思いを胸に秘めた青年よ……もういいから、帰りなさい」


 その発言を受けて、背後のバンプティが慌てて、


「猊下! さすがに、猊下のスピーチを邪魔したキ〇ガイを、このまま返すというのは――」


 異論を唱えかけたが、


「もういい。意味がない」


 バッサリとそう言い捨ててから、

 無機質な目で、スールを見つめ、


「聞きたいことは全部聞かせてもらった、有意義な時間じゃったよ」


 皮肉を口にするパメラノに、

 スールは、少しだけムっとした顔で、


「……こっちは、まだまだ言い足りない……ですが、お忙しいパメラノ猊下の貴重な時間を奪う気はありません……『俺に聞きたいことはもう何もない』というのであれば、もちろん、これで帰らせていただきます」


 そう言うと、イスから腰をあげて、


「最後に一つだけ」


 パメラノに対し、強い視線を向けて、


「俺は今後も、ずっと、聖典に異を唱え続けます」


 その言葉は『パメラノに対しての宣言』でもあるが、

 同時に『自分に対しての宣言』でもあった。

 良いか悪いかはさておき、その覚悟は本物だった。


 最後の最後、扉を出る時に、

 スールは、


「……俺は間違っていない」


 ボソっと、そう言ってから部屋の外に出ていった。

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