美学。

 美学。


「それでは、さようならぁ」


 そう言って、

 ヤマトは、ロコの首裏に、

 トンッッ、と豪速の手刀を入れた。


「ぅ」


 と小さなうめき声を残して、

 ロコはガクっと力なく気絶した。


 ヤマトは、動かなくなったロコから少し距離をとり、

 ここまでの全てを背後で見ていたゲンに視線を向ける。


 いまだ呪縛の効力で声も出せないゲンに、

 ヤマトはニコリと微笑みかけてから、

 パチンと指をならした。


 すると、ゲンを縛っていた呪いがスゥっと消え去って、


「ぷはぁ!」


 しゃべることも、動くことも可能になった。


 それを認識すると同時、

 ゲンは、ダッシュでロコにかけより、

 彼女の安否を確認する。


 その一連の行動を、ヤマトは黙って見守っていた。


 ゲンは、ロコがまだ生きているのを確認すると、

 そのまま剣の切っ先をヤマトに向けながら、


「……なにがしたいんだよ、あんた。ロコを殺さず、俺を解放して……どうしたいんだよ、マジで」


 そう声をかけると、

 ヤマトは、


「気まぐれだよぉ、ただのねぇ」


 そう言いながら、首をぐるりとまわして、


「全宮ロコは殺すよぉ。絶対に殺すぅ。そういう仕事だからねぇ。いや、この言い方は正確じゃないねぇ。そういう仕事を遂行すると決めたから……が正確だねぇ。いかに理由があろうと、私は、自分が納得していないと動かない。私はいろいろと面倒くさい男なのだよぉ」


「……そのようだな……あんたと喋っていると『こいつ、めんどくせぇなぁ』ってスゴく思う」


 ちなみに、心の奥で、実は、

 ヤマトのイビツな壊れ方を『なんか、ちょっとカッケぇなぁ』と思っているのだが、

 もちろん、そんな恥ずかしい本音を口にしたりはしない。


「で? なんで俺を解放した? どういう系統の気まぐれから、この状況が整った?」


「唐突に『全宮ロコの魅力度指数』をはかってみたくなったんだよぉ」


「……はぁ?」


「私は、基本的に、暗殺ミッションでは、ターゲット以外を殺さないことを美学としているんだけど……今日は少しだけ、その美学をまげてみようかなと思っているんだよねぇ。ま、結果的に、この美学は貫かれることになるとは思うんだけどさぁ」


「なにを言っているのか、さっぱりわからない。抽象的な言い方はやめて、直線的な言い方にしてくれ。でないと、俺の脳では理解が間に合わ――」


「全宮ロコを守ろうとすれば殺す」


「……」


「全宮ロコを捨てて逃げれば、君のことは殺さない。大事なことは、どっちにしろ、全宮ロコは死ぬってこと」


「……」


「非常にシンプルな言葉を使ってみたんだけど、どうかなぁ? 理解できたかなぁ?」


「……ぁあ、100%の精度で理解できたよ」


「それはよかったぁ。――で、どうするぅ?」


 実際のところ、現状は、とてつもなくシンプルだった。

 ロコを見捨てて逃げれば、ゲンは殺されずにすむ。


 基本的には、それだけの話。


 ――ヤマトが続けて、


「この『面倒な手段』をとる理由は、正直なところ、いろいろとあるんだよねぇ。全宮ロコの魅力度指数を調べるのももちろんそうなんだけどぉ、君の中での『決着』をつけさせてあげるのも理由の一つ」


 感情に対する決着。

 それは、意外と消化できないもの。

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