そんなことはわかっている。

 そんなことはわかっている。


「壊れて生まれてきた人間の受け皿がゴキとかシロアリ。その受け皿からもこぼれたのがギルティブラッド。壊れた連中の掃きだめ。ヤマトは、受け皿からこぼれきってはいないだけ、まだマシな方なのかな」


「……」


「あたしも、きっと、全宮家に生まれていなかったら、『普通の側』からはこぼれていたでしょうね」


 先ほどは、自分を『まっとう』と評価していながら、

 今は『普通の側』からはこぼれていると口にする。


 その言葉に矛盾はない。

 ロコは自分を『ある意味でまっとう』だと認識していて、

 かつ、『普通の社会適応は出来ていない』と理解している。


 『まっとうであるはずの自分が社会適応できない世界』――その不条理に対する憤りが、全宮ロコの原動力。


「ギルティブラッドまで落ちていたとは思わないけれど、もし庶民として生まれていたら……やっぱりゴキに入っていたかな……いや、自分でレジスタンスを作ったかも」


 ぶつぶつとつぶやいてから、


「まあ、そんな仮定の話はどうでもいいけど」


 そう仕切りなおして、


「あたしは、幸運にも、全宮家に生まれてきた。全宮の『力』と『ルール』を使うことができる立場にある。この激運をあたしはとことん利用する。全宮の力を徹底的に『悪用』して……この世界の腐った支配構造を皆殺しにしてやる。今の全てを破壊しつくして……まっとうなあたしが生きやすい世界に変えてやる」


 本気の決意を世界にたたきつける。

 ゲンは、彼女の決意を聞きながら、


「……一つ質問があるのですが」


「なに?」


「今の支配構造の、なにがそんなに気に入らないんですか?」


 ゲンの発言には純粋な疑問しか含まれていない。

 諫(いさ)めようとしているわけでも、

 嫌味を口にしているわけでもない。


 きわめて純粋なクエスチョン。


 実のところ、最初からずっと感じていた疑問。


「俺が知る限り、この世界はそれなりにうまく回っています。たしかに、現状、庶民は五大家の家畜のような扱いですが……仮に、五大家が消えれば、『日夜、そこら中で小さな縄張り争いを繰り広げる地獄の乱世』に突入するでしょう」


 ハンパな力を持った『支配者を目指す者達』が、

 『多くの犠牲』を他者に強いて、

 世界は、終わりのない殺戮と略奪に包まれるだろう。


 ゲンは、かつて、センター試験で九割オーバーが取れるぐらい、世界史を勉強していた。

 だから知っている。

 人の醜さは、十分に理解できている。


 『人の不完全さ』を前提にモノを考えれば、

 『現状』は『最悪』と呼べるほどではない。


 というより、かなりうまくいっている方だと思えた。

 もちろん、完全ではないが、完全など、求める方がどうかしているのだ。


「――五大家がいなければ社会は混乱する。そんなことはわかっているわ」


 極めて冷静で理知的な態度。

 ロコは続けて、


「けど、このまま、誰も何もしなかったら、『不完全な現状』がずっと続く。『完全でなくてもいい』という『甘え』から永遠に抜け出せない」


「……」


「きっと人間は、もっとうまくできる。もっと高潔な指導者がいれば、もっと、もっと、うまくやれる。人間には、その可能性があると私は確信している」


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