自由な円。

 自由な円。


(――緊急回避。横に飛べ。体をひねれ。――間に合わない。魔力で相殺。差がありすぎる。剣で合わせる。今の技術では不可能。――不可能でもやれ。――ぃや、そういう問題じゃない。このあまりに『明瞭で不可避な死』は根性で埋められる領域じゃない)


 圧縮されていく時間。


(これは純粋で無情な数値のお話。よって、死ぬ。俺は。いやだ。まだ死ねない。なら考えろ)


 走馬灯をシカトして、

 ゲンは、


(どうにか。まだある。絶対に。残っているはず。死ぬわけにはいかない。ロコの剣になるんだ)


 高速回転の中で、

 もがき、あがく。


(俺がいないと。ロコは)


 その理由は一つ。


(――一人ぼっちになってしまう――)


 たった一つの理由が、ゲンをさらに加速させる。


 ――ゲンの全てが正しく沸騰する。

 その結果、






『《【((――オメガ……バスティオン――))】》』






 ――届く。






『《【((――円よりも柔らかな点と線で描く揺らぎ――))】》』






 『自分の深部』にたどり着くゲン。

 ゲンのコアオーラが煌々と輝く。

 荘厳な瞬き。


 その一瞬のきらめきの中で、

 ゲンは、スルリと、両手で『自由な円』を描いた。

 その様は、どこか太極拳に似ていたが、しかし、根本が違う。

 ゲンによって刻まれた『自由な円』は次元に跡を残しながら、

 命の輪郭を世界に魅せつける。


 カチリと音がした気がした。


 すべてが一致した。

 ゆえに、

 その自由な円に収まるかのように、

 八本の飛翔する斬撃が、

 渇いた音だけを残して、

 世界から影をなくす。


 パチンとマヌケな音だけが揺らぐ。


 あまりにも一瞬の出来事が過ぎた。

 誰も理解できえぬ現象。

 ゆえに、当然、アギトは、ポカンと口を開いた。


 現状がまったく理解できていない。


 数秒の静寂が流れてから、

 アギトは、おもむろに、


「……は?」


 心底からの疑問符を口にした。

 マヌケな顔で、まっすぐに、ゲンを見つめている。


(なんだ……? どうして生きている……どうして刻(きざ)まれていない……どうして死んでいない……なんでだ……どうして……無傷……ダメージ0……バカな……ありえない……なんだ、これ……どうなっている……何がどうなった……)


 混乱が止まらない。

 止まらないどころか、むしろ連鎖していく。


(私の魔法は完璧だった。完璧に発動した。なのに……あのガキに当たる直前……あのガキが何か、動いたと思ったら……消えた……そんなアホな話が……)


 ハテナがとまらない。

 その状況に陥っているのはアギトだけではなく、

 ゲンも、自分の両手を見つめながら、




(――あ? なんだ……? 俺……何した?)




 疑問符の中に沈む。

 理解不能。


(――『オメガバスティオン』ってなんだ……)


 ゲンの脳みそが熱くなっていく。


(どこかで聞いたことがある……どこだ……)


 自分の奥に潜っていく。

 記憶の海をさまよい、

 けれど、


(わからない……けれど……)


 奥底の、さらに奥底に、


(俺に何かを思い出させる……この想い……この覚悟……)


 何かをつかみかけて、

 しかし、スルリと、抜けていく。


 『ウナギみたいだな』――なんて、アホなことを思いながら……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る