配慮。

 配慮。


「己が幸運に感謝しろ。……というより、ここはあえて『貴様の運命力だけは認めざるをえない』と言っておこうか。この私と武を交わせる機会などそうそういない」


 言いながら、アギトは全身をオーラで包み込んでいく。

 ハンパではない威圧感。


 ――と、そこで、

 ロコが、亜空間内に飛び込んできて、


「お兄様、すでに『そちらの駒(ダギー)』は降参を口にしております。よって、賭けはすでに終わっておりますわ」


 明確な態度と口調で『勝負はすでに終わっている』と告げるロコに、

 アギトは、


「賭けはお前の勝ちだ……それはゆるぎない」


 無理に感情を押さえつけた声でそう言ってから、

 一度深呼吸をはさみ、


「私がすでに『全宮の当主』なら、全力でうやむやにして、全てなかったことにしてしまうところだが……『父の目』がある現状では、そうもいかん。あの人は……こういうことに対して厳格だ」


 この空間に突入する前、

 アギトは父であるテラの様子をチラッとうかがっていた。


 正直、さほど期待はしていなかったが、

 しかし、見事、『まったくアギトに肩入れする様子がなかった』ため、

 アギトは『勝負の結果』に関しては諦めることにした。


 テラは王として、厳格に『ルール』を重んじる。

 もちろん、『命』や『家』がかかっていれば、

 『ルールなど知ったことか』と暴れることもいとわないが、

 しかし『子供同士の争いを見守る立場』にある際においては、

 徹底的にルールを重んじる。


 ゆえに『全宮家にとってなんの益にもならないロコ』にも、

 キチンと、家のルール通り、領地と運用費を与えた。


 だから、アギトは、すでに諦めている。

 すでに、賭けには負けた。

 その事実は覆らない。


 ならば、なぜ『ここに飛び込んできた』のか。

 それは、

 『ダギーの降参をなかったことにするため』ではなく、

 『感情の置き場を見失ってしまった』ため。


 ようするには、衝動的かつ短絡的な情動。



「今から行うのは『貴様の剣』の『程度』を見極める確認作業。私が直々にはかってやる。そのガキが、貴様の剣にふさわしいか否か」



「必要ありません。あたしは自分の目を信じています」


「貴様の意見など聞いてはいない。私が確かめたいから確かめる。それだけの話」


「ワガママがすぎますわね」


「誰に口をきいている。いい加減、黙れ」


 そこで両者、にらみ合う。

 バチバチと火花が舞う。


 その間に割って入ったのは、


「やりますよ……やります」


 ゲンだった。

 ゲンは、ロコとアギト、両者の様子をうかがいつつ、

 絶妙に空気を読んで、慎重に言葉を選びつつ、


「ただし、ルールは『先ほどと同じ』でお願いします。降参した方の負けで……かつ、この戦いの賭け金は、先ほどの闘いで得た金の『半額』……その条件で、いかがです?」


 両者にとっての落としどころを提示するゲン。


 アギトは、瞬時に、



(このガキ……降参する気か……)



 『ゲンの意図』を理解する。

 ゆえに、アギトは、

 普通に感心しながら、心の中で、


(……こちら側の損失を抑え、『私の留飲を下げる』ことが『主人であるロコにとっても最善』と判断したか……)


 ゲンの提案は、ロコとアギト、両方に対する配慮。

 『全額を返す』となったら、ロコのメンツがつぶれる。

 だからこその半額。


 半額でも、許容範囲と言える損害ではないが、

 しかし、事実として、600億の損害が300億までひきさがるので、

 心理的なストレス圧はその数字分下がることとなる。


 ある意味で絶妙なドア・イン・ザ・フェイス。


 そして、この判断は……


(私とロコだけではなく、ダギーに対する配慮もみてとれる……)


 しっかりと、全方位に対して空気を読んだ一手。

 もはや、神の一手と言ってもいい絶妙手。


(これほど整った状況下で、このガキが降参したとしても、それを理由にダギーを咎めることなど出来るわけがない……それをしてしまえば、私は『子供の配慮すら理解できない大バカ』になってしまう。それはありえない)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る