降参の意味。

 降参の意味。


 静かに、敗北を宣言したダギー。


 その直後、

 二人の闘いを見学していた空間外の面々が凍り付いた。


 あまりにも予想外の結末に、

 一瞬、脳みそがマヒしてしまったようで、

 シーンと、耳をつくほどの静寂がおとずれた。


 しかし、その静寂は長く続かず、

 五秒後、

 まるで、当然のように、

 空間外の面々は、一気にザワついた。


「降参した……?」

「聞き間違い?」

「いや、ダギーは、降参したわ。間違いなく」

「なにを考えて……」

「主人の大金がかかっているということが、わかっていないのか?」


 当然の疑問が飛び交う。

 そんな中、

 ダギーの主人である『全宮アギト』が、眉間にしわを寄せて、


「ダギィイイッッッ!」


 怒りを込めて、ダギーの名前を叫んだ。

 むろん、怒声を浴びせてストレスを解消するのが目的ではない。

 その怒りに込められているのは、敗北の撤回要請。


 もちろん、ダギーはそれを理解している。

 主人の意図を理解しようと努めるのも剣の仕事。


 しかし、

 ダギーは、


「――撤回はできません。もうしわけございません」


 そう言って頭を下げるばかりで、

 決して、自分の『降参』発言を取り消そうとはしなかった。


 そのかたくなな態度を受けて、

 今のダギーに対して『言葉は通じない』と理解したアギトは、

 亜空間の中へと飛び込み、

 荒々しくダギーの胸倉をつかみあげ、


「ふざけるなよ、貴様……このギャンブルに、いったい、いくらの金がかかっていると思っている! 600億だ! 600億だぞ!!」


 とめどなくあふれる怒り。

 これまで従順だった飼い犬に手をかまれたことが、心底信じられないという表情。


「貴様の人生40回分の金だ! わかるか! おい! わかっているのか! 貴様は、かなりの高給取りの方だが、そんな貴様の人生40回分の金だぞ! 一万円札をトイレットペーパー代わりに使える私でも、さすがに、看過できない金額だ!」


 正式に全宮家を継げば『つかえるようになる金のケタ』が変わってくるため、数百億程度の損失は、そこまで大きな問題ではなくなる。

 だが、現状のアギトにとって、『数百億』という単位は、

 絶対に、失うわけにはいかない数値。


 ハッキリ言って、現状のアギトは、テラから『全てを借りている立場』である。

 支配領域と運用費を与えられている『だけ』の立場。

 個人資産は、与えられた金を使って得た利益。


 『勤勉で優秀で貪欲なアギト』は、

 『異常行動ばかりとっているロコ』と違って、

 たくさんの資産を得ている。


 『真の金持ち』にとっての『金』は、

 『金を増やすための武器』。

 資産を増やすための虎の子。

 いわば、『世界』という戦場で戦うための弾丸。

 『支配者としての闘い』で使わなければいけない実弾である。


 そして、支配者は、金を増やし続けなければいけない。

 それが『王』――『人の上に立つ者』の宿命であり義務であり責任。


 ゆえに!

 当然『資産の運用方法』はすでに、キッチリカッチリ決まっている。

 ここで『600億を失う』というコトは、

 『既に動き出しているいくつかのプロジェクトの破綻』を意味する。

 ありえない。




「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁあああ! この賭けにおいて、こっちの負けはありえないんだよぉおおお! 金の問題もそうだが、『私の剣』が『ガキ』相手に降参などしていいわけがない! 貴様なら、そんなことはわかっているはずだ! なのに、なぜ、たやすく降参を口にした。答えろ、我が剣、ダギー・ランソルット!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る