命の器。

 命の器。


「剣で来い……そっちも見せてみろ」


「……」


 ゲンは、一瞬、迷ったが、


「……まあ、いいか」


 ゆっくりと剣を構える。


「スキだらけだな。剣の方は、まだまだ器すら出来上がっていないといったところか」


「そうですね……2歳のころから最近まで、拳ばっかり磨いていたもので。剣の器が出来上がるのはもう少し先でしょう」


「2歳のころから……ね」


 一度、そうつぶやくと、

 ダギーは、グンと踏み込んだ。

 ゲンの目でもギリギリ追える速度。


 すでに、ダギーは、ゲンの『程度』をはかり終えている。

 ゆえに、


「うらぁ!」


 鋼のかちあう音が響く。

 本当に、ギリギリのところで、ダギーの剣に自分の剣をあわせるゲン。


「足運びがお粗末だな」


 軽く足を払われて、無様にすっ転ぶゲン。

 そんなゲンを見下ろしながら、

 ダギーは、


「流(りゅう)があいまいだ……剣は、一個の挙動で完結する単次元的な攻撃ではない」


 別に、正拳突きだって、一個の挙動で完結するわけではないが、

 しかし、技と技の『流動』が大事になってくる剣舞においては、

 正拳突きにかけた時間と同じかそれ以上の積み重ねを経ないと、

 『安っぽいチャンバラ』のままで終わってしまい、

 上級者を相手にすることなど夢のまた夢。


「呼吸が単調すぎるんだよ……」


 ダギーは、まっすぐの中段構えを取り、

 すり足で距離をはかりながら、


「俯瞰の視野も狭い……」


 死角にもぐりこんで、

 柄(つか)の先を、ゲンの腹部にぶちこむ。


「ぐえっ!」


「乱(みだ)せよ、自分を……整えて、乱して……そうやって、いつしか見えてくるシルエット……それがお前の型となり、型を極めた先に、鮮やかな流(りゅう)が、その魂と体に宿る。それが剣の器。……命の器……」


 言葉と技。

 技と言葉。


 その二つが複雑に織り成って、

 ゲンの中で『器』の『元』になっていく。


 ダギーの一挙手一投足が、

 ゲンの中にしみこんでくる。

 高次の指導手。

 目覚めを誘発する一手。


「ゲン・フォース……お前の剣は、まだ『芯』を知らない」


 加速からの刺突。

 受け止めたゲンの剣にヒビが入った。

 パキィインッッ!

 と、へし折れる、ゲンの剣。


(折れて……砕けて……乱れて……)


 ゲンは、折れた剣をその場に捨てて、

 即座に、アイテムボックスから、

 予備の剣を取り出すと、


「ふぅう……」


 全力で精神を統一させる。

 ダギーと戦っていると、

 何かが見えてくるような気がした。


(もっと……)


 深く、深く、

 自分の奥へと潜っていく。




(――もっと……っ)




 呼吸が止まった。

 酸素を望まない視点。

 厳かな解糖(かいとう)。

 電子伝達系に与える猶予。


 視界がクリアになって、

 全身のナトリウムイオンチャネルが開く。


 ゲンの血肉がピリピリと沸いた。


「来いよ、ゲン・フォース」


 真正面で剣を構えるダギー。

 ゲンの心が一つに収束する。




「――ゲン・エクセレント――」




 体幹を主軸とした円運動。

 両足の母指球に力を込めて、

 ゲンは、自分の剣とひとつになった。


 ひそかに練習していた必殺の剣――『ゲン・エクセレント』。

 言ってしまえば、ただのナナメ切りだが、

 『吐くほどダサい名前』という極端なアリア・ギアスが乗ったその一撃は、


 ――ギィインッッ!!


 と、豪快な音をたてて、

 ダギーの剣を砕いてみせた。


 勢いを殺しきることが出来なかったせいで、

 ゲンの剣もへし折れる。


 砕け散った、互いの剣。


 ダギーは、折れてしまった自分の剣に視線を落としてから、

 一度、フっと微笑んで、




「……降参だ」




 静かに、敗北を宣言した。


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