お前は誰だ?

お前は誰だ?


 ほんのわずかな一瞬で、ほんのわずかなスキマを見つけ、そこに、コンマ数秒の遅れもなく収まり続けなければ、無残に全身が貫かれてしまうレーザー地獄。


 その地獄を、


「ん? もう終わりか? 速度はそこそこだったが、持久力はイマイチだな」


 汗一つかかず、鼻歌交じりに乗り越えたセンを見て、

 蝉原は、



「……」



 茫然(ぼうぜん)とした顔を見せるばかり。


 まるで、心が枯れたよう。


 スゥと、みじめな冷や汗を流し、

 二・三度、口をパクパクさせて、

 そして、

 五秒後、


「……っ」


 気力の抜けた『弱いため息』をついて、




「は、はは……まいったな……」




 心底から絶望した顔で、


「絶句するよ……イカれてる……つ、積んだものを、残さず、全部放出したのに……」


 蝉原が放出したのは、自分が溜めていたものだけじゃなかった。

 P型センキーが密かに積んでいた『いくつかのバフ』――

 そのバトンを受け取った蝉原は、

 さらに、先ほどの、センとの会話の中で、

 ソっと、バレないよう姑息に狡猾に、積み技を重ねがけしていた。


 『限界の全力』を出せるよう、しっかりと下準備をして、

 一手のミスもなく、

 かつ、ほぼ全ての魔力とオーラを込めて、

 『今の蝉原に出来る最強の一撃』を放った。


 禁止魔カードの助力も受けて、

 実はとんでもなく存在値が上がっている状態で、

 かつ、溜めに溜めに溜めに溜めに溜めた一撃。


 全身全霊をぶちこんだ、文字通り『魂の一撃』だった。

 『殺し切る事はできないだろうが……せめて、センエースのHPを半分ぐらいは持っていってほしい』――と願いながら撃った。

 そんな……本当に、最強の一撃。


 ――だけれど、結果は散々。

 HPを半分もっていくどころか、

 かすりもしなかった。



「……こ、このレベルの敗戦処理をやらされるとは……聞いていないぞ……」



 ギリっと、奥歯をかみしめる蝉原。

 じっとりとした汗が頬を伝っていった。


 蝉原は、一度、震える両手で、グシャグシャっと頭をかきむしってから、


「……一つ、聞いていいかい、閃くん」


「なんだ、蝉原」


 蝉原は、うつむいて、目を伏せて、


「……本当に、君は……俺なんかに憧れていたのかい?」


 その問いかけに、

 センは、二秒をかけた。

 『何を言うべきか』ではなく、

 『どう言うべきか』に悩んだ時間。


 純粋な二秒後、

 センは言う。



「……まあ、あの頃は俺も坊やだったからな……」



 ボソっと、そう言ってから、

 しかし、フイっと首を振って、



「――なんてクソ以下の言い訳をする気はない。お前は、間違いなく、俺の憧れだったよ。鬱陶しくて、厄介で、面倒くさい、畏怖の象徴だった。だから……」


 そこで、センエースは口を紡いで、

 まっすぐに、武を構えた。

 しっかりと、

 本気の構えで、

 蝉原と対峙する。

 もう言葉はなかった。

 センエースは、ジっと、強い視線で、蝉原センキーを見つめている。


 その姿を目の当たりにした蝉原は、


「は……ははっ」


 泣き笑いの顔をして、

 一度、小さく頷くと、

 両手の拳を握りしめ、


「もう一度名乗りたい。どうしても。だから……聞いてくれないか。俺が誰なのか」


 蝉原の頼みを、


「俺の前に立つ者よ。……お前は誰だ?」


 センエースは受け入れた。


 これは、お情けじゃない。

 この想いは、決して、情(じょう)なんかじゃない。


 ――これはケジメ。


 だから、


「……俺は、閃光を纏(まと)う冒涜――その強大な器に寄生する亡霊。『この上なく尊き神の王』を煩(わずら)わせた時計仕掛けのオレンジ、蝉原勇吾」


 今もなお『蝉原センキー』のままだが、

 しかし、彼は、堂々と、蝉原勇吾を名乗った。


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