うぬぼれるなよ、虫ケラ……

うぬぼれるなよ、虫ケラ……


「ああぁ! いぃいい! 一分だ!! いや、10秒でいい! 私の全部を捧げる! 最後の10秒以外はすべて持っていっていい! だから! 自殺する余力を! この恐怖から逃れる力を!!」



 闘うためではなく、

 逃げるためだけに、

 バグは、絶死のアリア・ギアスに飛びこんだ。


 真っ赤なオーラに包まれるバグを見て、

 ソンキーは、


「狩る気満々の俺を前にしていながら、望みどおりに安楽死ができるとでも? はっ……うぬぼれるなよ、虫ケラ……」


 遥かなる高みから、

 声を降らせる。

 払わせる余地も与えない。


 今、この瞬間のバグは、

 限界まで積んだ『極限の状態』にある。


 たった十秒だけのエンペラータイム。

 『暴利な絶死』を積むことで辿り着いた、最後のゆらめき。


 ロウソクのように、この、最後の瞬間だけは、

 限界を遥かに超えた炎をたぎらせている。


 バグの魂魄は、強く、強く、強く、燃えていた。


 ありとあらゆる全てを飲み込んで完成したバグが、

 全てを捨てて稼いだ、最後の十秒。


 ――なのに、


「ひぃいいいい!!」


 許されたのは、

 無様な悲鳴だけ。


 苦痛と恐怖だけが世界に響いて、


 そして、

 ソンキーは、両手を合わせた。


 祈っているわけではない。

 彼の上に、神はいない。


 だから、これは、



「――【弧虚炉(こころ) 天螺(あまら) 終焉加速】――」



 感謝。

 辿り着く要因になってくれたことに対する、ほんの少しの祝福。

 つまりは、食事前の『いただきます』と同義。



「――ぎぃいいぁあああああああああああああっ――」



 バグの魂魄は、短時間という永遠の中で、

 凶悪な激痛に染まりながら、

 いつしか、極限まで小さく収束された。

 形を失うほどのコンパクト化を受けてから、

 その揺らぎは、スゥと音もなく、

 ソンキーの核へと収まった。


 シンと静かになって、


 ゆったりとした時間が流れてから、


 ――ソンキーは、天を仰ぐ。





「お互い、ずいぶんと、遠いところまで来たな……なあ、センエース」





 心が理解したんだ。


 ――きっと、『やつ』も、同じ場所に辿り着いているのだろう。


 ソンキーは、

 己の深部を、もう一段階、統一させつつ、


「本当に、イラつくド変態だ……」


 やわらかく微笑んで、そうつぶやいた。


 あの時の闘いで、手加減を受けたとは思わない。

 あの闘いは、互いの『位置』を探り合った、本物の死闘。

 居場所を求め会った修羅の対話。


 それでも、

 イラつきは収まらず、

 だから、


「次、会った時は、必ず、堂々と、真正面から、お前の全てを超えてみせる……俺の目標は、何も変わらない。お前を超えて、本物の最強を求める。そのためにも、俺は、これからも、決死の覚悟を積んでいく」


 宣言する。

 自分に対する誓い。

 決して立ち止まらないという、覚悟のウルティマ・ギアス。




「……ソンキー、あんたが今後どうしようが、どうでもええけど……とりあえず、あの二人は返してもらうで」




 奥から響く声を受けて、

 ソンキーは、


「ふぁ~あ」


 小さなアクビを一つはさんでから、


「好きにしろ。どうでもいい」


 そう言って、魂魄の奥へと沈んでいった。


 器の表層に出たトウシとウラスケ。


 表に出ると同時、


「「もうええやろ」」


 同時に、互いを拒絶して、

 もとの二人に分かれる。


 ソンキーを内包したトウシと、

 メルクリウスを駆るウラスケ。


 別れた直後、

 ウラスケは、自身の身に起こった変革に気付き、


「おい、トウシ……ぼくの『権限』、かえせや」


「残念ながら、自由に移し替える事は出来んみたいやで……お前は、既に、ウルティマ・ギアスの管轄下にある」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る