完全に人間をやめた……わけではない。

完全に人間をやめた……わけではない。


「なんでも裏社会の方では、『ウチの家系に手を出したらあかん』ってルールがあるらしいから。仮に、そういう基本ルールすら知らんレベルのショボいチンピラにさらわれたとしても、すぐに、『やんごとない誰か』が動いてくれる」


「……」


「それに、『今のぼく』を誘拐できるやつは、この星におらん。メルクリウスがおれば、数百人に囲まれようと、マシンガンをつきつけられようと、余裕で対処できるから。ぼくの身柄をどうにか出来る可能性があるんは、さっきの連中くらい」


 と、そこで、アスカは、少し暗い顔になって、


「あの人たち……またくるかな」


「くるやろな。それも一番ヤバいやつ……噂の『聖主様』ってヤツがくるはずや」


「……」


「まあ、でも、心配せんでええ。あいつらの闘い方はだいたい分かった。ぼくには勝てん。ぼくがおる限り、あいつらは、お前に手を出せん」


「私が心配しているのは……」


「ん?」


「田中くんの命……」


「……」


「あの人たちのこと……私はよく知らないけど……でも、なんとなく、雰囲気でわかる。あの人たちは、目的のためなら、なんでも出来る人たち……」


「その言い方したら、あいつらが、とんでもない悪人集団に聞こえるから、言語って不思議なもんやな」


 おかしそうに笑ってから、


「人類を守るため……という、大義名分のためなら、なんでもすると覚悟しとる連中……あの手の連中はしんどい。信念を折るんは難しい」


 そこで、ウラスケは、しんどそうに天を仰いで、


(神殺し……か。ほんまにやったんやろか)


 心の中でボソっと、


(神を殺したようなヤツと、ぼくは、この先、殺し合う……抗うためには、神以上の力がいる……無茶な話や……)


 自分の状況をまとめてみた。

 すると、全身の奥で、恐怖が湧きあがった。


(神がどんなヤツか知らんけど、さすがに、ぼくより弱いってことはないやろ……ああ、しんどいなぁ……)


 アスカの前なので、カッコつけて、平気なフリをしているが、

 彼女がいなければ、きっと、嘔吐しながら、のたうちまわっていた事だろう。


 タナカ家の人間は、どいつもこいつも、異常なスペックをもっているサイコパスだが、

 しかし、『完全に人間をやめている』というわけではない。

 つらい・くるしい・きつい・しんどい、それらの感情も、普通に持ち合わせている。


「……田中くん……」


 ふいに、

 アスカが、ウラスケの名を呼んだ。


「ん?」


 視線を向けてみると、

 アスカは、


「これ……見て」


 と、言いながら、シャツのボタンをはずしはじめた。


「……ぉいおい、なにしてんねん……」


 と言いながらも、彼女の手を止めたりはせず、

 ジっと、血走った目で、その動向を見守る。

 『止めるべき』という理性に、本能が真っ向から反論している。

 その辺は、中学二年生男子まっしぐらだった。


 アスカは、ボタンを外しおえると、

 躊躇なく脱ぎ捨てて、

 グイっと、中に着こんでいるTシャツも脱いだ。


 そして、上半身は、『実用性だけを重視しているスポーツブラ』のみとなった。



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