黒いうずき。

黒いうずき。


 アスカは、ボタンを外しおえると、

 躊躇なく脱ぎ捨てて、

 グイっと、中に着こんでいるTシャツも脱いだ。


 そして、上半身は、『実用性だけを重視しているスポーツブラ』のみとなった。

 アスカが、その最後の守りであるブラにも、迷いなく手を伸ばしたところで、


 さすがに、

 ウラスケも、


「やめぇや、どしたんや」


 彼女の腕を掴んで、脱ぐのを阻止する。


 ――が、


「いいから、見て」


 彼女の強い態度におされて、

 ウラスケは、彼女の腕から手を離す。


 アスカが、ブラを脱ぎ去ると、

 胸の真ん中に、


「それは……」


「やっぱり、見える? これ、他の人には……見えないみたいで……」


 アスカの胸には、まがまがしい黒いキズ(左乳首の上部分から右乳首の下部分にかけて、まっすぐ斜めに一本の線のように)が刻まれていた。


「これ、もしかして……」


「うん。ネオバグが、初めて私の精神を犯したときに出来たキズ……両親をこの手で殺した翌日……これが刻まれていることに気づいて……」


「それ……いたむのか?」


「うん……ズキズキして、すごく疼(うず)く……でも、今までは、私以外、誰にも見えなかったから、誰にも相談できなくて……」


「……」


 そこで、アスカは、胸を抱えて、


「くるしい……」


「だ、だいじょうぶか?」


 うずくまったアスカの肩を支えるウラスケ。

 そんな、自分を支えてくれるウラスケに、

 アスカは、濡れた目で、


「さすってもらえたら……少しは……楽になると思う……」


「そ、そうか……わかった」


 そう言って、ウラスケは、

 一度、グっと、両眼を閉じてから、

 覚悟を決めて、

 彼女の胸に刻まれた黒いキズに、手をあてた。


 そのキズは、まるで、騙し絵のようで、

 キズ特有の凹凸などはなかった。


 サラサラしていて、

 少し暖かい。

 少し強く押すと、指先がフニャリと沈んだ。


「なでるだけじゃなくて……もう少し……強く……さすって」


「強くって……いや、でも……これ以上は――」


「いいから」


 焦れたような強い口調でそう言いながら、アスカは、ウラスケの首に手をまわして、


「握るくらい、強く……おねがい……そうじゃないと……苦しい……死にそう……」


 いわれて、

 ウラスケは、


「……っ」


 グっと、奥歯をかみしめながら、

 彼女の胸のキズを、強くさする。

 フニャリとゆがむ胸を、強く、強く。


 彼女の肌は、とても白く、おどろくほど柔らかかった。

 スルスルと手が流れて、

 全身の気が、指先の神経に集まった気がした。

 溢れ出る脳汁。

 不自然な勢いで体温が上がる。


 頭が溶けそうになって、つい、手を離しかけたが、

 しかし、


「まだ、疼くから……おねがい、もっと……」


 彼女にそう言われて、

 ウラスケは、仕方なく、また歯を食いしばった。

 夜はまだ、はじまったばかりだった。



 ――ちなみに、彼女の『疼きや痛みがある』という発言は、ウソだった。

 この黒いキズが、ネオバグの発現によって刻まれた跡なのは確かだが、

 別に、痛みもうずきもしない。

 これは、あくまでも『彼女が、ネオバグの支配下に堕ちた証』でしかなく、彼女を蝕むような代物ではない。


 だが、完全なウソではなかった。

 胸に痛みがあって、奥が疼くのは本当だった。


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