イカれた従兄。

イカれた従兄。


(そういえば、言っていたな……『血がつながっている人間は、全員、イカれている(特殊なスペックを有している)』と……まったく、とんでもない家系だ)


 理解すると同時、

 虹宮は、戦意を失った。


 その後の行動は明快で迅速。


 即座に、虹宮は、次元に亀裂を入れた。

 迷いのない一手。

 脱兎。

 遁走。


 ――そんな、躊躇なく逃げようとする虹宮に、

 ウラスケが、


「おいおい、なんや急に……もしかして、逃げんのか?」


 そう言葉を投げかけると、

 虹宮は、ニっと笑って、


「ああ。おれごときじゃ、お前には絶対に勝てないだろうからな」


「なんやねん。いきなり、ずいぶんと、己を卑下するやないか」


「卑下? そんなものはしていない。おれは、自分を誇りに思っている。偉大なる英雄のバディにふさわしい力を持っていると確信している。だが、おれは、所詮、バディ。イカれた『怪物』を倒す英雄そのものじゃない」


「イカれた怪物とは、えらい言われようやな。傷ついたわ。精神的苦痛に対する慰謝料を要求する」


 くだらないことをぬかすウラスケに対し、


「精神的苦痛ねぇ……お前は、そんなもんを感じるようなタマじゃないだろ」


 虹宮は、フっと、鼻で笑いつつ、

 追撃の一手に対する警戒心を緩めることなく、

 そのまま、


「……じゃあな、田中裏介」


 最後にそう言って、次元裂に飛びこんでいった。


 ビギリっと、空間が整う音がして、

 あたりがシンと静かになる。


 虹宮の姿が完全に消えたのを確認し、

 それから、三秒ほど、周囲ににらみをきかせてから、

 ウラスケは、


 ――ガクっとヒザから崩れ落ち、




「ひゅー、ひゅー、ひゅー……」




 脂汗を流しながら、


(……あぶなかった……よかった……引いてくれて……助かった……ほんとうに助かった……)


 心の中で、何度も、何度も、そうつぶやく。


 余裕ぶっていたウラスケだが、しかし、それは全てブラフ。

 実際のところ、かなりギリギリだった。


 いかにも、『虹宮ぐらいなら余裕で対処できる』といった風を装っていたが、


(もう数秒も持たんかった……)


 完全集中状態など、息を止めている状態みたいなものなので、決して長くは持たない。

 決して長くは持たない尖った時間だからこそ、強く美しく輝くのだ。


(なんで引いてくれたか知らんけど……ほんまに、引いてくれて助かった……)


 『なんで引いてくれたか知らんけど』とは言っているものの、

 実際のところ、『なんとなくの推測』ならついている。


 虹宮が投げかけてきた『最後の質問』から、虹宮が逃走を決断した『流れ』を鑑みれば、

 『おそらく……』というレベルでの推測は出来なくもない。


 ただ確定ではない。

 『虹宮は、おそらく、あの【イカれた従兄】を知っていて、アレと自分をダブらせたのだろう』という予測はついたが、どう繋がっているかまでは探れない。


 ※ 流石に、自分の従兄が、聖主と崇められているなどとは思わない。

 というか、あの【ラリった従兄】について、多少なりとも知っているからこそ、余計に、そんな予測はたてられない。

 あの狂った従兄――『タナカトウシ』が、集団を率いるリーダーなどやるはずがない。

 アレは、頭おかしいタナカ一族の中でも、孤高主義が強めの特異個体。

 周囲に人を置く事を望まず、自分一人だけで世界が完結している純正のサイコパス。


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