紙一重。

紙一重。


 岡葉は、

 ダっと地面を蹴りあげて、一気にミシャとの距離をつめると、

 『右手に召喚した剣』を振り上げ、


「うらぁあああああ!」


 血走った目でそう叫びながら、振り下ろした。

 迷いのない、まっすぐな、力強い一刀。


 その剣を、ミシャは、


「主の命だから、投げる気はないけれど……『これ』の相手をしなければいけないというのは……正直、気が滅入るわね……」


 ゆるやかに、紙一重のところ、

 スっと、半身で、剣を避ける。


「っ……ぃ、一撃じゃ終わらないぞ!」


 避けられたからといってひるみはしない。

 その程度は想定の範囲内。

 岡葉は、体を回転させて剣をブンブン振りまわす。


「くっ! うらぁあ! ぬん!」


 けれど、


「……はぁ……はぁ……マジかぁ……全然、あたる気がしない……」


「そのノロすぎる剣には『当たる方が難しい』わね。寝ていても当たるのは難しそう」


「……それが本当だとしたら……ボクじゃ、あなたに対して、何もできそうにないんだけど……」


「当たり前の話をしないように。あなたと私では存在の次元が違うのよ」


「……そ、そうですか……」


 絶望のあまり、顔をヒクつかせることしかできない岡葉。


 ――と、そこで、


「岡葉、さがれ。ワシがやる」


 トウシが、トランスフォームをしながら、前に出て、


「ワシの場合でも、殺しはせんって約束してくれるんかな?」


「ええ、もちろん。私からすれば、あなたも、そこの少年も大差ないもの」


「……あんた、そんな高い場所におんの? ……それ、ほんまやったら、お手上げなんやけどなぁ……」


 トウシは、ボソっとそう言ってから、


「フルチャージ!!」


 全スペックを上昇させるスキルを使い、

 全身を躍動させて殴りかかった。


 岡葉とは比べ物にならない速度だったが、


「ふぁ~あ」


 ミシャは、岡葉を相手にしていた時とさほど変わらない、ゆったりとした動きで、トウシの攻撃をヒラヒラと避ける。


 十秒ほど、攻撃を完全回避された事を受けて、

 トウシは、


「ちょっ、待ってくれや……ぇ、ホンマに? マジで、このレベル? ウソやろ……」


「サービスタイムはまだ残っているわよ? ほらほら、色々な攻撃を試して、私の対策を考えないと」


「……」


「ちなみに、次のイベント内容だけれど、まず、前哨戦として、30000のガキどもと、あなたたち全員で、ガチンコの携帯ドラゴン戦争をしてもらうわ」


「「「「「……」」」」」


「その戦争に生き残れたら私と闘える……という2部構成よ。どう? 楽しそうでしょう?」


「「「「「「……」」」」」」


「さて、『攻撃を避けるだけ』だと、私の力がよく分からないと思うから、少しだけ、攻撃してみるわね。大丈夫、心配しなくても『寸止め』するから、死にはしないわ」


 そう言った直後、ミシャの体がシュンと消えた。


 直後、ザラっと音がした。

 グニャリと頭部が歪む音が確かに聞こえた。

 『頭蓋骨が砕け、同時に、中の脳味噌がひねりつぶされた』と間違いなく理解できた。





(――死――)





 脳の深部が、己の死を受理した。

 『死んだ』という、完全で絶対的な認識に包まれたトウシ。

 しかし、


「……ぇ、あれ?」


 トウシは生きていた。

 いまだ、死の感覚は心の深部にこびりついているが、

 体は死んでいない。

 殺されたのは心だけ――


「寸止めをすると言ったはずよ」


 気付けば左隣に立っていたミシャが、

 その小さな拳を、一度、コツンと、トウシの側頭部にあてて、


「さっきの攻撃が……こうやって、ちゃんと当たっていたら、あなたの頭は爆散していたわ。よかったわね、私が本気じゃなくて」


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