エール。

エール。



 決して、うつむくわけにはいかないという気概。


 そんな『ただの意地』だが、しかし、

 それは、勇気を与える大きな背中にも見えた。

 ただの意地であろうと、勇気を与える事はできる。

 いつだって、強い情動というものは、波及していくもの。


 だから、


「トウシくん!」


 まずは、岡葉が、


「君はすでに頑張っている。ここまで、とことん全力で、もうこれ以上ないってくらい、頑張っている。だから、本当は、この言葉は正しくない。けど、そんなことはどうでもいい。これは、言葉の意味が大事ではない、純粋な声援。せいいっぱいの想いを込めて、君に伝えるエール」


 スゥっと息を吸って、拳を握りしめ、


「がんばれ! 負けるな!」


 喉が枯れるほどの叫びは、

 打ち合わせした訳でもないのに、


「「「トウシくん! がんばれ!」」」


 どんどんと広がっていった。


「「「負けるな!!」」」


 数秒後には、声援の声は、世界を震わせるほどの合唱になっていた。


 それを受けたトウシは、




「……いらん、いらん。意味ないねん」




 渋い顔で、ボソっとそうつぶやいて、


「声援なんか何にもならん……応援されて活力が沸いてくる人間もおるかもしれんから、絶対に無意味とは言わんけど、ワシは、そういうんで盛り上がるタイプちゃうから」


 そう言いながらも、

 しかし、


「「「「「「「がんばれ!! トウシくんなら、勝てる!!」」」」」」」



「……うっさいのう、ほんま……」


 ググっと、腹の下に力を込める。

 不思議と、体重が重くなった気がした。


 魂魄のバトン。

 エールという言霊。


 ジュリアのハッパと、

 全員のエールを受けたことで、



(……きもちわるっ……ミットが、さっきより近づいとる……)



 遠かったキャッチャーまでの距離が、少し縮んだ。

 全員の精魂を丸ごと乗せたような声援が、

 タナカトウシという『器』に注がれる。


「ワシ……そういうタイプちゃうねんけどなぁ……ほんまに……」


 ググっと大胸筋が膨れた気がした。

 心臓のポンプが力強くなった気もした。


 乱れている訳ではなく、ただ、ドクンと力強くなる。


 トウシは、顎をあげる。

 呼吸を繰り返して体を調律する。


 ――投げる準備は整った。


 すると、

 『トウシの調律』と『爆音の声援』に呼応するように、


 ――敵である『虹宮本人』が、



「――負けるな……トウシくん……」



 バットを構えたまま、うめくように、そう声をだした。

 その事に、虹宮自身が、


「……ほう」


 と、まるで、落語のように驚いていて、

 そのまま、自分自身に対して言葉を並べていく。


「完全に俺の支配下にありながら、『自我』を通してみせたか……思ったよりも、ずいぶんと根性があるみたいだな。モブとは思えない胆力だ。褒めてつかわす」


 ボソボソとそう言った直後、

 その口で、



「がんばれ! トウシくん! 君なら勝てる!」



 まったく違うトーンでそう叫んだ。


 それを受けたトウシは、


「虹宮……ワシはお前を尊敬する」


 言いながら、トウシはプレートをふむ。


「対峙したワシには分かる。その神様の圧力は次元違いや。とてつもない超越者の覇気。ワシは、この距離……18メートルも離れとるのに、ビビって動けんようになりかけた。それにくらべて、お前は、ゼロ距離やのに……」


 ゆっくりとふりかぶり、


「それも、現状のワシみたいな『にわかボッチ』やなく『ホンマの完全な独り』やのに、ガツンと抵抗してみせた……カッコええやないか」


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