歪んだ自尊。

歪んだ自尊。


「キッチリ、ど真ん中、球種はストレート」


「程度の低いブラフだな。恐怖のあまり、頭が悪くなったか? 可哀そうに。これから先の人生、大変だな。お前、頭のよさ以外、なんの取柄(とりえ)もないから」


「取柄なら、他にも、もう一個だけある」


「へぇ。知らなかったな。ちなみに、その、もう一個ある取り柄ってのは?」






「――頭が、ぶっち切れているところ――」






 そう言って、トウシはふりかぶった。


「こんな状況でも、迷いなく、ど真ん中に、ただの全力をブチ込める、ワシのイカれ方……とくと見さらせ、アホんだらぁ!」



 叫び、トウシは、躍動する。

 蹴りあげた足に体重を乗せて、一気に前へと加速する。

 稼働域一杯の螺旋運動。

 人外レベルの『しなやかな手首』が、日本刀以上の驚異的な切れ味でボールを切る。


 ギュンッッと、空気を裂いて、

 唸りをあげながら、

 ミットに――



 ――キィイイイイイイン!



「げぇっ!!」


 トウシのストレートは、ミットに収まることなく、

 虹宮のバットに持っていかれた。

 グングンと伸びていく打球。

 先ほどの特大ファールよりも高く、はやく、

 しかし、先ほどよりも大きく、左へとそれていった。


 アダムが、ファールと宣言した。

 キチンと審判の役目をこなすアダムの視線の先で、

 トウシが、脂汗を垂れ流しながら、


(危(あぶ)なっ、あぶなっ、あぶな、あぶな、あぶな……)


 ダラダラの汗にまみれ、真っ青の顔で、先ほどのファールの残滓を見つめている。


 ――そんなトウシに、虹宮が言う。




「自分だけだと思ったか?」




 『歪んだ熱』のこもった声で、


「陰キャで、自己完結型の孤独主義で、精神がバグっているウルトラボッチマン……そのラリった特異性が、自分だけのスペシャルだと、いつから錯覚していた?」


「なんや、その発言、意味わからん……もしかしてやけど、『自分もそうや』って言いたいんか?」


「俺が何を言いたがっているかなんてどうでもいいんだよ。大事な事は、お前じゃ俺には勝てないってこと。それだけ」


「……」


 そこで、トウシは、天を仰ぐ。

 スゥウと、本日何度目か分からない深い深呼吸。


(ワシという人間そのものを使ったブラフ……宣言つきでの、ど真ん中……視線の誘導も、十字切りの指向操作も……全部使った上での一投やったんやけど……当たり前のように弾き返された……)


 ヤケになってど真ん中に投げたワケじゃない。

 状況的に『最善の一手だ』と認識して投げた。


 間違いなく最善ではあった。

 相手が同格だったら、ほぼ確定で打ちあげさせることが出来た。

 それだけの前提は積んだ。


 問題なのは、相手が、想像以上に格上だったという事。


(無様をさらす気はない……折れる気もない……けど……次の一手は……もうない……)


 トウシは、ずっと考え続けている。

 ここまで、思考を止めた事は一度もない。

 だからこそ出た結論。


(コースに生きはない。緩急も息してへん。目つけの通りも悪すぎる)


 心の中では、不可能を前にして窒息しそうになっているが、

 しかし、外から見るぶんのトウシは、


「……」


 胸を張り、まっすぐに虹宮を睨みつけている。


 威風堂々とした姿。

 それは、気概というより意地。

 ジュリアの前で、『よれた姿』は見せられないという、男の意地。



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