敗北。

敗北。



 センはアダムに対して、とうとうと、一定のリズムで、よどみなく、


「つまり、俺がハルスに仕方なく勝ちをプレゼントしてやった事も、お前が言うように、深い考えがあったのだ。うん、つまりは――」


 と、そこで、


「いや、普通にガチで負けただけでちゅよ」


 シューリが爆弾を投下した。

 ピシっと固まるセンエース。


 偉大なる命の王が固まっている姿を横目に、

 アダムは、


「……は……どういう……?」


 と、シューリの言葉に対して、当り前の疑問符を投げかけた。


 そんなアダムの視界の中で、

 シューリが、センの肩を叩きながら、


「ね、お兄。普通に負けただけでちゅよね?」


「ち……違わい……わざとだい……わざとなんだい……」


 往生際の悪いセンにしなだれかかりながら、

 シューリは、意地悪く微笑み、


「マナー的な問題から、現世の人間と『普通に勝負』をするワケにはいかず、だから、『即席でつくった詰将棋(勝ち筋のあるパズル)を解かれたら負け』っていう独自ルールで勝負を挑んで、けど、極度の負けず嫌いだから、『あの程度の虫では絶対に解けるわけがないレベルの難しい問題』を出した――のだけれど、虫の力量を読み間違えすぎて、普通に解かれちゃったんでちゅよね。これは、完全に、ただの負けでちゅ。恥で塗り固められた、ゴリゴリの大敗でちゅ」


「……わ、わざとだもん……負けてやったんだもん。敗北が知りたくなっただけだもん……ぼく、嘘つかないもん」


 とことん往生際が悪いセンエースに、

 シューリが、溜息まじりに、


「やれやれ……お兄は本当に、ああいう系が苦手でちゅねぇ」


 そこで、センの頭からプチっという音がして、


「うるせぇ! 将棋なんて、まともに訓練した事ないんだから、凡人の俺が将棋の勝負で『条件バリバリつけた上』で、完璧に百戦百勝なんて出来るワケねぇだろ! 何度もいわせんな! 俺は、『バカみたいに努力ができるだけの凡人』なの! 『なんでも出来る天才』じゃないの! 死ぬ気で頑張ったことしか上手くはできないの! 今までに誰よりも一生懸命がんばってきた『戦闘(物理)』だったら、あんなやつ、ボッコボコだよ、ボッコボコ! 一秒に2兆回殺してやるよ! なんだったら見せてやろうか、ぁあああああああああああん?!!」


 センは、武の例えで、将棋を用いる事が多々あるが、それは、『説明のさいの理解しやすさ』を求めているだけで、別に将棋が大得意だからではない(将棋を知らない相手に、将棋を用いた解説等をするさいは、事前に、将棋のルールを相手の頭にインストールしておく)。


 もちろん、そこそこの時間を積んできたので、将棋の腕前でも『常人では届かない強さ』を有しているが、『この上なく尊い神の王としての合格ライン』に達しているかと言えば『微妙なところ』と言わざるをえない。


「つぅか、だから言っただろ、お前が出るべきだって。お前だったら、どんだけ条件つけたって負ける訳ねぇんだから!」


「虫ケラの遊び相手なんて絶対にイヤでちゅ。お兄の相手をしている今が、ギリギリのギリギリでちゅ」


「お前は、本当に、口を開くたびに俺を傷つけるなぁ……」


 ボソっとそう言ってから、


「つぅか、あの野郎……天才にも程があるだろ……なに、一時間前にルールを覚えたばかりの分際で、この俺の神様試験(超難題)を余裕で突破してんだよ……くそったれが、ムカつくわぁ」


 センの将棋の実力は『神の王としての合格ライン』には達していないが、しかし決して、『ハナクソ以下』というワケではない。

 ガチ天才のシューリには絶対に勝てないが、その長い人生の中で、ヒマつぶし程度ではあるものの、ちょこちょこと嗜んできたので、それなりには強い。



 ※ 実は、ソウルゲートで体を休める時に、センは、将棋をちょいちょいやっていた。

 将棋は、『娯楽』ではなく『戦場思考瞬発力を鍛える訓練の一つ』とみなされているため、ソウルゲートの中にも存在している。

 他のテーブルゲーム系も、思考力や集中力を鍛えられるものなら、いくつか存在していた。

 ちなみに、そちらでも、『強さの段階を決められるAIシステム』が搭載されている。

 ただ、それも娯楽用ではなく訓練用のシミュレーション・システムでしかないので、友人と遊んでいる時の楽しさみたいなものは微塵もない。



 センの『まともに将棋の訓練をしたことがない』という言い分は、あくまでもセン視点での話でしかない。

 『戦闘力(物理・小脳系)を上げるためにやってきた訓練と比べれば少ない』という相対的な意味でしかなく、

 費やした時間と労力は、『常人が賭(と)せる限界』のはるか先を行っている。


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