ウサギとカメ。

ウサギとカメ。



「別に矛盾でもなんでもない。『強くなれる』のは『お前だけの特権じゃない』という、ただそれだけの話だ」


「あぁ?! じゃあ、何か?! 今、お前は、俺よりも速いペースで強くなり続けているとでもいうのか?! ふざけるなぁあ! レベル上げ用の成長チートしか持たないお前が! 『レベルが自動で上がっていき、かつ、戦闘力の成長率にブーストがつく俺』よりハイペースに強くなれるワケないだろう!」


「スタートラインが同じなら、確かにそうだな」


「……っ?」


「俺とお前が、よーいドンで、一緒にスタートしていたなら、確かに、俺がお前に勝てる要素はない。だが、俺がスタートしたのは、ずいぶん前だ。報告によると、お前がスタートを切ったのは数時間前だろ? 数時間前の戦闘力はゴミだったんだろ? じゃあ、どんなロケットスタートを決めようと、そう簡単に、『俺が今までに積んできたもの』と並ぶ事はできない」


「……お前が積んできたものを、俺は知っている! アポロギスを倒し、その後も邁進し、ついにカンストという果てにいたったお前を、俺は知っている! お前を侮る気はない! 俺が理解できないと言っているのは、なぜ、俺よりも、お前の方が『強くなる速度』が速いのかってことだ! お前が先にスタートしていたかどうかなんか聞いちゃいない!」


「……やっぱり、お前、俺がカンストして以降の事は知らないんだな。おそらく、お前は、『俺がカンストするまでのストーリー』と『俺が無限転生をなくした』というデータしか知らない」


「? それがどうした!」


「お前の話を聞いていて、多分そうだろうと思ったんだが、やっぱりそうだったか。アダムの事を知らないって事から推測するに、おそらく、お前の中には『世界進化前のカンスト』以降の過程に関する情報はなく、『俺の数値に関する限定的な結果』しか知らないんだろう。お前の中にあるのは、『歴史の教科書を読んで事件名と年号だけ覚えた』みたいな薄い情報だけ」


「だからなんだと聞いてんだ、ぼけぇ! お前のデータは知っている! ソウルゲートで200億年を積み、カンストに至った神の王! コードゲートを入手してからの結果も予測は出来ている! 見事に予測通りの強さだった! なのに、なぜ――」


「ソウルゲートで200億年を積んでカンストしたんじゃねぇ。200億年を積み、アポロギスという絶望を乗り越え、その後、現世で数千年という時を生きたことでカンストに至ったんだ」


「いちいち言われなくとも、知っている! つぅか、さっきは、ちゃんとそう言っただろ! しかし、だが、ソウルゲートを出てからの数千年なんざ、ちょっとした誤差でしかねぇはずだろうが!」


「誤差ねぇ……はは……『アポロギスを乗り越える前の200億年』よりも、『アポロギスを乗り越えたあとに積んだ数千年』の方が、実質的には濃いんだが……くく……」


 そこで、センはP型を鼻で笑ってから、


「なあ、P型……ここで、一つ質問だ。俺は、カンストに辿り着いてからも、ひたすらに積んだ。置いても消えていく石を、ひたすらに積み重ねていった。それがどんな道だったか想像つくか?」


「知るか、そんなこと! 無駄な足踏み! それだけだろう! 想像する価値もない!」


「俺もそう思っていた。だが、違った。『これ以上は強くなれない』という『何もない草原』でもがき続けた時間は、俺の『器』になってくれていた。『倒すべき巨大な敵』がいて、かつ『強くなれている』と実感できたワクワクの200億年よりも、『強くなり終えてからの、つまんねぇ数千年』の方が、俺的には、ずっと、ずっと辛かった」


 『カンストしてからのセン』が世界に残した奇跡。

 それは、ルナティックな血反吐にまみれた、修羅の道程。


 『積んだ分だけ強くなれていた時期の修行』と、

 『何をやっても強くなれなくなった時期の修行』。


 どちらの方が『より密度が濃かった』か、どちらのメニューの方が『よりエグかったか』など、考える必要もない。


「驚くほど濃密な、ただ辛いだけの時間。だが、俺は乗り越えた。ぶっちゃけ、『無限転生』に『乗り越えさせられただけ』だが、前提がどうあれ、乗り越えたという事実に変動はねぇ。……俺が積み重ねてきた地獄は、驚くほど巨大な下地となって、今の俺を支えてくれている」


「中身のない言葉でケムにまこうとしても無駄だ! 俺には、そんな――」






「見方の違いってやつだよ。俺の成長速度がお前を超えているワケじゃない。ただ、いまのお前が、『もっとも伸び悩む所』に立っている――それだけだ」






「……」


「分かりやすい結論が欲しそうだったから述べてやった。戦闘力カンストという境目。お前が立っているそこは、現世での存在値999みたいなものだ。よほどのキッカケがなければ超えられない壁の前に、今のお前は立っている。ほんの数時間でそこまできたというお前の凄まじさは驚愕に値する。だが、そこから先を望むなら、お前も、ちゃんと積まないといけない。200億年よりも濃密な地獄の前でもがく必要がある」


「……」


「俺の推測だと、おそらく、俺に、あと2000回ほど殺されれば、お前は、今の俺の領域まで辿りつける……が、そこまで持つか?」

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