皆殺し。

皆殺し。



(実に……実にお見事でございました)


 いと高き御方を想いながら、甘い溜息をもらすミシャ。

 一挙手一投足が『真理』だった。

 どこまでも、際限なく、遠く、高き存在。


 すべてが、ミシャをトクンと揺らす。

 かの御方こそが、ミシャのすべて。



 ――そんな、トリップ状態のミシャを横目に、

 隣のケイレーンが、


(全員グルで、われわれはレイモンドの演舞を見せられた、といったところか……実に効果的だ。圧倒された……)


 奥歯をかみしめながら、


(レイモンドの力はよく分かった……とてつもなく大きい。これほどの組織が今まで隠れていたとは信じられない……)


 モンジンの攻撃で、ジャミもバロールもダメージを受けていないことは誰の目にも明らかだった。

 つまり、あれは闘いではなく演舞。


(あくまでも演舞……しかし、あれほどの演舞ができるという事実には辟易させられる。むろん、手間と時間をかければ、ピースメイカーでも再現不可能ではないが、あれほどの芸術を実現できるかといえば……懐疑的にならざるをえない)


 結局のところ、ケイレーンでは、モンジンの『遠さ』を理解しきれなかった。

 動きを見て、『かなり鋭い』と思うまでしか出来なかった。


 だから、最終的には『演舞』としか思えなかったのだ。

 訓練された『演劇』。

 演出された『凄さ』。

 互いが最も映えるように構成された戦闘という『芸術』。


 無理に例えれば、『とんでもない3D技術が使われた映画』を見させられたという感覚。

 圧倒はされたが、『そのままの事実』だとは認識できない。

 『凄いものを見た』という感覚はあっても、そこに『実』は感じなかった。



 本質を感じられるほど、彼らの『目(サードアイの練度どうこうではなく、もろもろ含めた意味で)』は成熟していない。


 モンジンは、彼らの目の前で海を割ったわけでも、山を切ったワケでもない。


 ただ、武人としての、武道家としての、遠すぎる『最極致』を見せただけ。

 それも、『攻撃力をゼロ』にするという処置をほどこした上で。

 ならば、教養がなければ、本質は理解しきれない。

 前提となる深い知識がなければ、ゲルニカを見ても、『変なでかい画』としか思えないのと同じ。


 ――それだけの話。


 だから、結局、ケイレーンは、


(見事な威嚇だった……)


 そうしめくくった。

 そうしめくくるしかなかったのだ。



 と、その時、


「……ケイレーン様」


 今回連れてきた部下の筆頭、フーマーの最高位実行部隊ピースメイカー所属の『セレーナ』から、


「なっ……っっ」


 寝耳に水の報告を受ける。


「……ま、間違いないのか?」

「……はい」



 セレーナから受けた報告の内容は、


 ――『本戦に進むはずだった、数十名の参加者が皆殺しにされた』


 というものだった。

 控室には惨殺された死体が残っているばかりで、目撃者とうは一人もいない。


 何よりケイレーンの顔を青くさせたのは、『目をそむけたくなるような凄惨な死体ばかりで、酷い拷問を受けた跡があった』という報告。



 セレーナは、最後に、


「わずかに息のある者が一人だけ残っておりまして、彼は、今わの際に、こう言い残しました」




 ――『ゼノ……リカ』――




「ゼノ……リカ……? それはいったい?」

「わかりません。その一言を最後に、彼は息を引き取ってしまったので」


「……」


 他の参加者たちも、みな、『それぞれの配下(本戦に進めなかった者)』から、事件の詳細を聞いて、顔を青くしていた。


 『目撃者はなし』

 『気付けば、皆殺しにされていた』

 そんな意味のない報告ばかり。


 混乱しているVIPルーム。


 ――喧騒の中、ただ一人、どっしりとしているミシャが、


「参加者が全員死んでしまったのなら、大会はこれで御開きね。まあ、こちらの部下は予選で落ちてしまったから、私には関係がない話だけれど」

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