ゾメガ・オルゴレアム

ゾメガ・オルゴレアム




 静かな時間が容赦なく重なるにつれて、二人の緊張感が加速度的に増していく。


 浮かんだ汗が筋となって、ポタっと垂れた。


 パラリと響く、定期的なページをめくる音が、神経を撫でる。


 ふわりと薫る、少し独特だが、心地よい、上品な芳香。

 実は、この香には、強烈な血糖値低下・リラックス作用があるのだが、まるで効能が追いつかない。


 ――ふいに、ミシャが、ゾメガの背後に立っている二人を見て、






「ゾメガの所の九華は、ウチのと違って、どっしりと落ちついていて、いい感じね。うらやましいわ」





 声をかけられて、静かに本を読んでいた老人――ゾメガが、好々爺ぜんとした柔らかな笑顔を浮かべ、


「ふぁっふぁっ……いやいや、ウチのも落ちついてなどおらんよ。余の右に立つ、この者……若くして『破壊と再生を司る英雄神』などという大仰な称号を得た『稀代の麒麟児』でありながら、師にお会いできるという現実が、どうやら理解できぬようで、ずっと呆けておる」


 第2アルファで殿堂入りいる者の一柱『英雄神ジャミ』。

 風采と容貌は二十代前半。

 瀟洒な礼服に華美なマントを羽織った、超イケメン。

 九華の第一席を預かるだけあって、もちろん『強大な力』は有しているのだが、『仮に力を持っておらずとも、そのカリスマ性だけで、十二分に世界全てを統治できる』と評されている、偉人オーラの塊。


 『アンリミテッド・ヴェホマ・ワークス(無限に、どんな傷を受けても一瞬で完全回復する。無限蘇生の下位互換)』という超凶悪スキルを持って生まれたチート野郎。

 それだけのギフトを持っていながら、それ以外にも、ありとあらゆる才能を持つ突然変異中の突然変異。

 おまけに『努力の天才』でもある彼は、若くして(まだ、たったの250歳。ぶっちぎり最年少の九華)、存在値700オーバーという、異常な領域に達しており、第2アルファで、『究極の現人神』として崇められている。


 そんなジャミだが、今、彼は、緊張を通り越した『悟りの境地』に達していた。


 ここに来る前、既に、八回ほど吐いており、頭の中では、『神帝陛下にお会いできる』という『あり得ない幸運』に対する懐疑や興奮が、もう何周もしてしまったため、現状、頭が軽くバグっている状態にあり、ゆえに呆けている。

 ゼノリカの天上、九華十傑の第一席『ジャミ・ラストローズ・B・アトラー』



 そんなジャミの隣に立つ老婆『パメラノ』は、古くからゾメガを支えてきた古豪の側仕え、ゾメガからの信頼厚き筆頭家老であり、それゆえ実は『ゾメガよりも弱かった時代の神帝』を知っているため、他の者ほどは緊張していない。


 しかし、とはいえ、もちろん、相手は『神々の神』。


 『神帝陛下が今よりも遥かに弱かった時の事』など既に忘れてしまっているし、究極超神の序列一位となった『神帝陛下』の神々しさ(存在値3000という最果ての最果て)に触れ、涙を流した事もあるので、お会いできるとなった際に緊張しないという訳ではない。


 『あんたらと違って、わたしは何度かお会いした事がある』という、圧倒的優越感が、パメラノの心を満たしているため、吐きそうになるほどの緊張はしないというだけ。


 シックな法服に身を包んでいて、『えらくヤバそうな杖(黒魔希鋼製で、色だけでも禍々しいのに、杖の先で、【8対の龍眼球】が常時パチクリパチクリしている)』を持っている。

 背は極めて低い(120センチほど)し、表情も温和なものだが、その超越者感はハンパじゃない(もちろん、ゾメガほどではないが)。

 ゼノリカの天上、九華十傑の第二席『パメラノ・コット・N・ロッド』





 と、そこで、ゾメガが





「ん……ふむ。『平』も来たようじゃな」





 そう言った直後、巨大な扉がゆっくりと開いた。


 二人の配下を連れた『美形中年』が、扉の向こうで深く一礼してから、主の間に入ってきて、ゆっくりと円卓に腰をおろした。


 ついてきた二人は、当然のように、その美形中年の背後に立っている。

 その二人も九華なので、実は、彼・彼女らも、座る事は許されている。



 しかし、誰一人として、決して座らない。



 はるか太古、はじめてここで会議が行われた『最初の日』から、九華の者は、誰もこの場では腰かけない。

 『座っても構わない』というのが、むしろ、正式なルールなのだが、

 気付けば『座ってはならない』というのが『絶対』の『暗黙の了解』になっていた。




 ――その事を知った主は、



(いや、別に座ればよくない? 逆に、なんで座らないの? 九華用の席もあるんだよね? ほんと、なんなの? 体育会系なの? ヤバい時のPL○園なの?)




 と思ったが、空気を読んで口には出さなかったと言う。


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