偽善と可能性

偽善と可能性




「なにやら、興味深い結論が出たようだな」


 うんうんと頷きながら、そんな事をつぶやくホルスドに、ゼンは言う。


「てめぇ……なんで、黙って見ていた? どうせなら、ゲロビかなんかで吹っ飛ばしてくれれば、この狂ったバカ女と、さっきみたいなクソ以下の会話をしなくてすんだってのに……」


「愚問だな。そこの女が、私の『なぜ戻ってきたのか』という質問に答えてくれていたから、一応、質問した手前、最後まで聞いていただけの話。というか、それ以外の理由などないだろう? 私に答えていた訳ではなかったが、結果が同じなら別に構わない。さて、疑問もスッキリしたことだし、そろそろ絶望を再開しようか」


 ホルスドは、いい笑顔で、


「私は実に運がいい。男の方の眷属……貴様の存在は実にすばらしい肥料となりうる。貴様が死ねば、女の方の眷属は、より美しく壊れる事だろう。こうなったら、貴様は絶対に逃がさない。慎重に、丁寧に、じっくりと……究極の絶望を演出してやる」



 両手の、すべての指をパキパキと鳴らしながら、



「優秀な肥料になりうる、愚かで無様で何より無能な、男の眷属よ。実益をかねた褒美をやろう。1分やる。別れの言葉を交わすがいい。できるだけ、感情を交わしあえ。この上なくセンチメンタルに頼むぞ。貴様らの絆が深まれば深まるほど、それが壊された時の芸術性が増す」


「なんつーか、てめぇ……ほんと、いい感じにくさってんな。しっかりと嫌いだぜ。不幸を眺めて何が楽しいんだ。いや、分かっているさ。そういうのにしか受容器が反応しないヤツ。いるんだよな、実際。なんでかわかんねぇけど、そういう野郎は実在する。意味がわかんねぇ。クソが……ほんと、ムカつくわぁ……殺してぇ……絶対に出来ないけど……くそが……自分の弱さに、何よりもムカつく……」


 『ホルスドみたいなヤツが実在する』という事実はどうでもいい。

 趣味嗜好は千差万別。


 多種多様で、だからこそ、世界は無色じゃなくなっていく。


 問題なのは、『そういうやつらが存在する』って事実じゃなく、『そういうムカつく連中相手に【己のエゴ】を通す【力】がない』って現実。




 ――力。


 向こうの世界でいえば、権力や金。



 ここでなら、

 魔法の知識や剣の腕。



 力を持たないという悪。

 それが今のゼンが犯している罪。



 ――両手を上げて愛や正義を騙るつもりはねぇ――



 それは最も醜い悪だ。

 『通せない偽善』は『悪』にも劣る。


 この世に本物の善はない。

 そのぐらい知っている。


 だからこそ、偽善は尊い。

 ゆえに、口だけの偽善は醜くもある。


 表裏一体とか、そんなかったるい話じゃない。

 付随する前提の違いだ。


 善なんて存在しないと知りながら、それでも貫こうとする決死の想いが『偽善』だ。

 だから、それを穢す、上澄みだけのハリボテは許せねぇ。


 偽善をおためごかしに使うんじゃねぇ。

 偽善は、『存在しない善』なんかよりも遥かに貴(とうと)い、数少ない本物なんだ!!


 つまりは、而(しか)して!


 ――欲しいのは、

 理不尽な悪を黙らせるエゴ――



 ――罪(神)を殺す力――



 それでも『善(ゼン)』でありたいと『願う心』――そんな『業』を貫く力。

 醜いばかりの、けれど尊い『我』を通すための可能性。



(せめて、もう少し時間があれば……いや、それは言い訳だ……意味ねぇ)



 心の中でボソっとそう言ってから、ゼンは、シグレの目をチラっと見る。

 イライラする。


 せめて、



 せめて、誰かを救えて死ねたなら、



 ――まだ――






「バカ女が、バカ女が、バカ女が……」






 命の価値なんて知らねぇ。

 重さなんか知った事か。

 命に重さがあるっていうなら、その量りはなんだ?


 くだらないテンプレが、頭の中で濁っていく。


 けど、思うんだよ。


 どうせ死ぬなら、『せめて欲しかった』、って。



 ――『この為に産まれてきたんだ』って『誇り』が欲しかった――



「逃げればよかった、逃げればよかった、逃げればよかった、逃げればよかった、逃げればよかった……」


「後悔された分だけ、嬉しぃなってくるなぁ。それほどの『しんどい決断』を、あんたは、あたしのために下してくれたんやから」


「お前のためじゃない」


「ほな、なんのため?」


「……うるっせぇよ、どいつもこいつも……それは俺が一番聞きたい事なんだよ、クソが」


 吐き捨ててから、


「くそくそくそ、せっかく、念願だった異世界に来られたってのに……チートまでもらったってのに……結局、何も出来ずに終わっちまった……せめて、GPだけでも使って死にたかった……」


 その発言を聞いて、シグレの頭に戻ってきていたニーが、


「? 何を言っているの? 使いたいなら、使えばいいんじゃない? ていうか、なんで使っていないの? GPでステータスの一つでも上げていれば、今よりはマシに戦えていたはずなのに」


 その発言を受けて、ゼンは、深く溜息をつきながら、



「……使い方がわかんねぇんだよ」



 恥ずかしそうに、そう言った。

 みっともなさで死にたくなる。

 あと数秒で死ぬってのに、

 どうして、死にたくなるのだろう。


 ――なんて、そんなくだらない事を考えていると、ニーが、




「は? 使い方? そんなの、数真に呼びかければいい……だけ……――」






「「――」」






 互いに、顔を見合わせて沈黙。




 ニーの発言を聞いた瞬間、ゼンの頭が高速で回転する。

 同時に、ニーの頭も回転していた。




 知らない?

 ウソでしょ?

 なんで?

 まさか、御主人、教えずに送りだした?

 なにやってんの、御主人!!




 言いたいことが溢れ出ているニーの脳内。

 それと比べて、ゼンの思考は明確で単純だった。




 知っているのか?

 使えるのか?


 だったら――






 ――まだ、可能性は――






「残り10秒。実に無意味な時間だった。まったくセンチメンタルでも色っぽくもない、どころか、傷をなめ合いすらしない。最悪だ。もう少し楽しい会話をしてほしかったが……ふん、もういい。これ以上時間をやっても、どうせ同じだろう。バカ二匹を合わせても楽しい反応は起こらない。勉強になった。――0。では、死ね」


 言いながら、ピンと伸ばした指をゼンの心臓に向けたホルスド。

 高まっていく、指先の魔力。

 収束していく力。

 ポっと光る直前。


 圧縮された時間の中で、



(間に合え――)



 ゼンは、






「限定空間、ランク5!!」






 叫びながら、ゼンは、『注文の多い多目的室』を地面に突き刺した。

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