一緒に

一緒に





 死に触れたゼンは、白黒の幾何学になった万華鏡の奥で、強くまたたく『光の壁』を見た。

 『まばゆくて温かい輝き』が、『鋭い輝きの波』を拒絶していた。




 ――ゼンに、ホルスドの魔法が当たる直前の事、





「光壁、ランク5!!」




 飛び出してきたスライムが、防御壁の魔法を使って、ゼンをかばった。


 あまりにランクが違いすぎたため、耐えきれず、障壁はすぐに破壊されたが、



「ふなぁっ!!」



 スライム――ニーは、その身で、ホルスドの魔法を受けた。


 ニーに無効化できる威力を超えていたため、普通に、ホルスドの魔法はニーに通った――が、

 『簡易プロパティアイでは見通せないほどの圧倒的なHP』でなんとか耐えてみせる。



 メタル系のビルドでありながら、膨大なHPを誇るというチートスライム、それがニー。



「ふぅ……ようやく仕事ができたよ。ホルスドとの戦闘では、クソの役にも立ってなかったから、肩身が狭かったんだ」



 プルプルボディをふるわせながら、そうつぶやいたニー。


 その背中を見ながら、


「さすが、ニー。あれだけの攻撃を受けてもピンピンしとるとか、流石、あたしの相棒は格が違った。可愛くて、イケメンで、強くて、そんで、ちょっと腹黒なところもあって、なんていうか、ぜんぶ、ぜんぶ、なんもかんも超素敵!」


 誇らしげに鼻を高くしているJKがそう言った。


「ありがとう、シグレ。君も最高に素敵で可愛いよ」


 そんな事を言い合っているバカ2匹を、

 ゼンは、全力で睨みつける。


(こ、このバカ女……な、なんで戻ってきてんだぁ……)


 怒りで肩が震える。



(女を殴りたいと思ったのは、はじめてだ)



 ネタではなく、マジでそう思った。

 右ストレートでぶっとばしたくなった。




 ゼン以上に、ホルスドが、困惑した顔をしていて、だから、




「イレギュラーの眷属は、バカしかいないのか?」


 と、煽っているわけではなく、真剣に首をかしげてそうつぶやいた。


「そっちの、女の方の眷属。答えろ。どうして戻ってきた? いったい、何がしたい? 私に勝てないのは分かっているはずだ」


「あんたの質問に答えなイカン理由がなさすぎる」


 シグレは、反抗的な目でホルスドを睨みつけながらそう返した。



 そんな挑戦的な態度のシグレに、ゼンが、



「じゃあ、俺の質問に答えろ、世界一のバカ女。てめぇ、なんで戻ってきてんだ。聞いてなかったのか? てめぇがいたら切り札が使えねぇんだよ!」


「あたしの洞察力をナメんなよ。あんたに何もない事くらい分かっとる」


 シグレの発言に、ニーは、ピクっと反応したが、空気を読んで何も言わなかった。

 流石、出来るスライムは、常に格が違った。


「なんも出来んくせに、弱虫のくせに、泣き虫なくせに、よぉ飛び出してきたな。アホちゃうか、自分」


「てめぇよかマシだ。てか、泣き虫ってなんだ。俺は産まれた時と母親の葬式以外で泣いた事がない鋼の精神力を持つワンダーボーイだぞ。――そんな俺を捕まえて、あろうことか『泣き虫』……っ、その侮蔑だけは許せねぇ。正式に、撤回を要求する」


 ちなみに母親の葬式以外で泣いた事がないというのは嘘だが、シグレにバレる心配はないので、平気で貫き通す。

 ゼンは、必死に己の感情を隠しつつ、ごちゃごちゃとつぶやいてから、ニーを睨み、


「ニー、そのバカを連れて消えろ! 首に縄まいて、引きずってでも逃げろ!!」


「ごめんね、ワンダーボーイ。ニーは、シグレの命令しか聞けないんだ。御主人にそう言われているから」


「……くそが、バグったプログラムみたいな事言いやがって……」


 そこで、ゼンは、シグレを睨みつけ、


「頼むから、逃げてくれ。お前が死んだら、俺が、マジで、ただのイカれた自殺志願者になっちまう。それだけは嫌だ。お前が生きていて、はじめて、俺のバカが報われる。そのぐらい、アカコーに行けるほどの頭があるなら分かるはずだ。だから、頼むから――」


「残念ながら、アカコーには、たまたま受かっただけ。その証拠というんもおかしな話やけど、事実、がっつりと落ちこぼれた。つまり、あたしって女は、ただのアホやねんな。せやから、あたしは、今、『自分がどうするんが正解か』すらさっぱり分からへん。えっと……あたしが生きてて、はじめて、あんたのバカが報われる? ふむ、さっぱりやな。ヒント、プリーズ。補助線をどこに引けばいいかだけでも教えてくれへん?」


「死ね、バカ女。犯されたくなかったら消えろ!! 一から十まで、マジでイラつく! その顔もムカつく! 性格もムカつく! 行動もムカつく! そのイントネーションを聞くだけで吐き気がする!! どうなってんだ、お前! 神様が、俺を怒らすために創ったオーダーメイドか?!」


 本気でイライラした顔で、必死に、全力で、ゼンは叫ぶ。


「いいか! 俺は! お前に! 死ぬほどムカついていて! 目の前にいられるだけで吐血しそうなんだ! だから! 消えろ! さっさと、この場から――」


 と、そこで、シグレが、ゼンの胸倉をつかんで、








「もう、あんた、しゃべんな。キュン死する」








 真っ赤な顔で、互いの鼻先が当たるくらいの距離で、



「この期に及んで、まだ、あたしの命を優先させるとか、あんた、正気か? なんやねん。あんたは、あたしの妄想から飛び出してきた王子様かなんかか?」


「キショい事言ってんじゃねぇ!」


 叫びながら、ゼンは、自分の胸倉を掴んでいるシグレの腕を払い飛ばし、逆に、シグレの胸倉を掴み返して、



「俺は無駄死にしたくねぇだけだ! 本音を言うから、頼むから聞け! 俺とお前、どっちも死んだら、ただの気持ち悪い自殺になって終わりだ! いやなんだよ、それは! だからぁ――」



「ほな、あんたが逃げぇ。ニーと一緒に時間を稼いだる。あたしよりも、あんたが生き残る方が、色々とスジが通っとるやろ?」








「……」








「――はは」


 心底困り切った顔で黙ったゼンの目を見つめて、シグレが、心から嬉しそうな顔で微笑み、


「なんやろ、か。あたしら、ちょっと似とるな。頑固で、アホの子で……話せば話すほど、もっと知りたなってくる。重(かさ)なった運命を数えたくなる。同族嫌悪もちょっとあるけど、それ以上に、心が温かくなってくる……ははっ……」


 シグレは思う。

 ――なぜ戻ってきたか?

 ――バカか。


 そんなもん、言うまでもない。




「処女のJKが命を捨てるんに、ここ以上の場所はないやろ……」




 シグレは、そのなめらかな頬を、美しく真っ赤に染めながら、

 酷くラリった事を言いつつ、自分の胸倉を掴んでいるゼンの手を、両手で握りしめて、


「二人で、精一杯、全力で、とことんまで醜く、みっともなく、あがいて、もがいて……そんで……」


 スっと、ゼンの目を見つめ、ハッキリと、









「一緒に死のう」

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