ごめんね。弱いスライムでごめんね

ごめんね。弱いスライムでごめんね






 ホルスドが、シグレの心臓に指先を向けた。

 それを確認すると、ゼンの思考速度が、また一段階アップした。


 一秒が圧縮される。


 もはや考えているというよりは、ただの濁流。




(可能性が見えてきたばかりなんだ。これから、雷術と呪縛を鍛えるんだ。治癒も鍛えて、色々とシステムについての勉強もして、スタミナもつけて――死にたくない。死にたくない。しにたくない。シニタクナイ。念願の異世界に転生したんだ。この世界を楽しみたい。もっとレベルをあげたい。強くなりたい。もっと剣をふりたい。もっと魔法を使いたい。もっといろいろなものが見たい。いろいろと考えたい。召喚とかもやってみたい。イヤだ。死にたくない。こんなクソみたいな死に方はいやだ。森から出て、冒険者になって、超魔王軍を倒すための準備とかを――)


 ぐるぐる。


 ぐるぐるぐるぐるぐる――







 ――ホルスドが言う。


「動くなよ、イレギュラーの眷属よ。貴様はモロすぎるし、私自身、魔力調節が苦手。手元が狂ったら、全身を爆散させてしまう」


 その言葉に対して、足の激痛に耐えているばかりのシグレは、


「はぁ……はぁ……くそったれ……あほんだらぁ……」


 鬼の形相でにらみつける。


 奥歯をギリギリと噛みしめて、苦痛に耐えながら、ドス黒い目でホルスドを睨みつけている。


「おっ、いいぞ。その目は、いままでになく最高だ。お前、本当にいい女だな。あー……そうだなぁ……うん、よし。――イレギュラーの眷属よ、私に全力で命乞いをしろ。できるだけ無様に、犬のように。そうすれば、しばらくは生かしておいてやる。人形にはいつでもできる。今のままでないと出来ない遊びがいくつかある。良かったな。数日は生きていられるぞ」


「……」


「さあ、どうした? はやくしろ。死ぬのはイヤだろ? 壊さずに、生きたまま奴隷にしてやるから、這いつくばって、懇願しろ。……何をしている、ノロマなグズが。『たすけてください』だ。はやく言え。私は忙しいんだ。これからイレギュラーを探して、試練を与えねばなら――」


 ――そこで、シグレは、ホルスドの言葉をシカトして、






「ニー」






「どうしたの、シグレ」


「確か、あたしが死んだら、あんたは、自動的に神様のところに戻るんやったっけ?」


「……うん」


「よし。ほな、伝言頼むわ」


「……」


「あんたに召喚された女は最後まで戦った……信念に従ってまっすぐ生きて、そのまま死んだ。復讐してくれとか、そんなダサい事は言わん。けど、もし、あれと闘う事があったら、負けんといてくれ。がんばれ――以上」


 命じられると、ニーは、






「……了解」






 色々なものを飲み込む声でそう返事をしてから、



「ごめんね、シグレ。守ってあげられなくて……弱いスライムで、ごめんね」



「ニーが謝る必要は一個もない」


 言うと、シグレは腰にさしてあった『ナイフ』を抜いた。

 特に特殊効果はないが、切れ味はそこそこの武器。

 セファイルの武器屋で購入した。

 価格にして銀貨五枚。

 刃渡り三十センチを超えている、アーマーウルフの牙で出来たナイフ。


「治癒、ランク5」


 シグレがナイフを抜いたのと同時に、ニーが、治癒の魔法を使って、シグレの足を回復させる。

 阿吽の呼吸。


 まだまだ短い付き合いだが、すでに息はピッタリだった。



 スっと立ち上がったシグレの顔は、静かで、穏やかで、まっすぐにホルスドを睨みつけていた。

 足の痛みが完全に消えた訳ではないが、これならば、もがく事はできる。


 ――シグレは、


「良かった」


 ボソっと、


「あっちの世界で、淡々と死ぬんやなくて……異世界で、アホほど強い奴に殺される……この『エンディング』……ムカつくけど……やるせないけど……未練はやまほどあるけど……」


 ナイフを強く握りしめながら、


「まだ、本望!!」


 叫んで、飛びだした。


 振り上げたナイフを、全力でホルスドに向けて振り下ろした。


 胸部にあたった――が、当然のように、ホルスドを覆っているトーガが、キィンとナイフの刃を弾いた。


(いったいなぁ! 手ぇ、痺れた! まるで鉄みたいな布! なんや、それ! アホが! ええい、ほな、首じゃい!)


 それでも、シグレはひるまずに、次は、ホルスドの首に向けてナイフを刺そうとする。


 しかし、さきほどよりも硬質な音がして、ナイフの刃は弾かれた。


 そんなシグレの様を見て、ホルスドは言う。



「いいな……本当にいい。これほどの絶望的な状況下で、それほどの気迫を出せる女はそうそういない。……よし、決めた。死よりも重たい激痛に漬けて、ジックリと育てよう。めったに見つからない素材。キッチリと余さず遊ぼう」



「ふざけんな、ボケ!! おどれに遊ばれるくらいやったら、自分で死んだらぁ!」



 腹の底から叫びつつ、



「ニー!!」



 パートナーの名を叫ぶ。


 すると、いつのまにか、上空に飛びあがっていたニーが、


「……異・次・元……砲ぉおお!!」


 プルプルボディが紡錘(ぼうすい)状に大きく裂けていて、その裂け目が眩く発光し、そして、その光が暴走する。


 空間がひび割れる。


 豪速の照射がホルスドを襲った。


 エネルギーの奔流。


 しかし、


「驚いたな……その程度の存在値しか持たないのに、異次元砲を撃てるとは」


 ほぼ無傷のホルスド。


 ニーが『残っていた魔力の六割以上』を込めて撃った異次元砲なので、もちろん、少しはダメージを負っている。

 だが、所詮は3000ちょっとのマイナスでしかない。


 連発されれば、流石にキツいが、不可能だろうと確信しているため、ホルスドは、ニィっと余裕のある笑顔を浮かべる。


「だが、薄い。厚みがたりない。……貴様じゃ私は殺せない」


 ホルスドは、ニーをシカトして、シグレを見つめる。


「お前は時間をかけて壊す。いくつかの希望をチラつかせて、ゆっくりと絶望を煽る……ぁあ……楽しみだ……その気高い表情が、どう歪んでいくのか……本当に、いいオモチャを見つけた……」


 言いながら、ホルスドは、シグレの腹部に拳を入れた。


 ドスンッッと重たい衝撃。

 体がくの字にまがる。


「うげぇぇっ!!」


「まだ、気絶するなよ。そうだ、耐えろ。まだだ。もっと感じろ。絶望と苦痛。あと二発は、きちんと耐えて――」


 二発目を入れようとした、その時、






「――【呪縛、ランク1】――」






 ホルスドの体が、毒々しい色の鎖に縛られて、ビシっと固まった。


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