一国一城の主
一国一城の主
「さっきから、これみよがしに魔剣をちらつかせているが……無駄だぞ。俺はどんな脅しにも屈しない」
覚悟がうかがえる。
強い態度で言葉を並べる店主。
「俺もかつては冒険者を目指した身。最も調子が良かった時でさえ三次までしか行けず、結局、冒険者になるという第一段階の目的は達成できなかったが、最も大事な夢はまだ続いている。もともと、俺は、確実に自分の店を成功させるために冒険者を目指した。冒険者にはなれなかったが、どうにか、理想的な店をもつことができた」
店主は、ズイっと身を寄せて、圧力をかけてくる。
「俺の店に一歩でも足を踏み入れた以上、俺の決めたルールを守ってもらう。絶対に食い逃げはゆるさねぇし、一銅貨たりともまけてやらねぇ。冒険者は、尊敬しているという理由でタダにする。下心がゼロとは言わないが、自分が試験を受けてみて痛感した。冒険者になれるヤツってのはすげぇ。敬服する。だから、タダで召し上がっていただく。しかし、例外は冒険者だけ。俺の店で酒を飲みメシを食ったヤツで『金を払わなくていい』のは冒険者だけだ」
どんな時でも、誰の前であろうと、冒険者は特例。
当たり前の話。
「そして、食い逃げ野郎は、問答無用で衛兵につきだす。皿洗いもさせねぇ。ウチの皿を洗えるのは、俺のメガネにかなったヤツだけだ。ウチの店で働いているヤツは、全員、誇りを持って働いている。食い逃げ野郎の出る幕はねぇ」
生きていれば、誰だって、自分のルールを持っているもの。
「言うまでもないが、男を掘る趣味も、幼女趣味もねぇ。その妙に容姿が整っている奴隷っぽいガキに奉仕させようとしても無駄だ。仮に、豊満な美女だったとしても答えは同じ。……さあ、どうする? 金を払うか、縛られるか。二つに一つだ。ちなみに、これも言うまでもないが、俺は忙しい。急いで決断しろ」
(くぅ……セイラに絡んでくれりゃあ、どうとでも出来たってのに……)
そこで、ハルスは、壁にかけられている怪鳥の彫刻をチラ見する。
(この店、ガーゴイル・サービスと契約してやがるから、たかが酒場の分際で、次元ロックがかかっていやがるし……扉も、出る時限定で、店主の了承がなければ開かないようになっていやがるから、力づくで逃げる事もできやしねぇ)
ガーゴイル・サービスは、簡単に言えば、この世界のセ○ムで、次元魔法を基本とした警備システムを提供している警備会社。
超大手しか手が出ない『法外な契約金』を取る会社として有名だが、その値段に見合う働きはしてくれる。
本来、大衆酒場が契約できるような会社ではないのだが――
(……結局受からなかったとはいえ、冒険者試験で三次までいけたって事は、それなりの実力者ってこと……金はいくらでも稼げたって訳だ……)
冒険者試験で三次まで残れる者は、毎年、20人いるかいないか。
『冒険者試験の二次試験突破経験者』という記録は、(もちろん、『冒険の書』を所有している者の後光よりも遥かに鈍い光だが)、胸を張って誇れる確かな実績として、その者の経歴を眩しく輝かせる。
金貨5枚という、決して安くはない受験料が必要だというのに、毎年、冒険者試験を受ける者の数が数百万人にも及ぶ理由はそこにある。
『明らかに受からないだろう』という者も、こぞって受験する理由は、
――『運でも何でもいいから『一次』を、出来れば『二次』を――
とにかく、『通過した』という結果さえ得られれば、『何もない者』よりも遥かに有利になるから。
たとえば、この世界には、いくつか、『冒険者試験で二次を通過した事がある者ならば無条件で雇用する』と明言している大手企業がある。
ガーゴイル・サービスもその一つ。
(ちょうど金を持ってねぇ時に、魔人になった事を忘れて、たまたまガーゴイル・サービスと契約している店に入っちまうだと? ……なんだ、この激烈な不運は! ふ、ふざけやがってぇ……)
ハルスは頭を抱えて、
(どうやら、カースソルジャーと闘って以降、俺の運は、地の底の底まで落ちたらしい。まさか、このまま永遠に転がり落ち続けるんじゃぁ…………なんて悲観している場合じゃねぇ。どうする……どうする、俺ぇ……)
ガシガシと頭をかきむしって悩んでいると、そこで、
「あのー」
後ろから声をかけられた。
反射的に視線を向けてみると、そこに、黒髪の若い女がいて、
「そこの人。もし、よかったら、あたしに雇われてみぃひん?」
それは、妙なイントネーションだが、高次の知性を感じさせる話し方だった。
「店主さん、ちょっと待っててな。契約が成立したら、すぐにお金は払うから。あ、ちなみに、お金はちゃんと持っとるよ。ほら」
「……ぁあ、確認した。金を払うなら、なんの文句もねぇ。俺は持ち場に戻る。不成立の時は呼んでくれ。衛兵を呼ぶ」
「はいはーい」
ハルスは、その女の仕草や口調から、農民・平民の類ではないと、一瞬で気付く。
言葉の端々から薫る叡智。
(見た事ねぇツラ……)
記憶にないので、最上級階級ではない。
ハルスは、世界が認めるクソ野郎だが、
事実、最強の冒険者『勇者』であり、一国の第一王子。
当然、王族の嗜みとして、各国重鎮の顔と名前くらいは頭に入れてある。
(顔は知らんが……この女の雰囲気は、まちがいなく華族……問題はどこの、どのくらいのヤツか……)
喋り方には品が出る。
金の力で着飾る事はできても、『品』だけはごまかせない。
砕けた口調にしても漂う品格はかき消せない。
『成金』と『旧家の出』
仮に、鑑定しろと言われれば、ハルスは百発百中で当てられる自信がある。
そして、それはハルスだけの特技ではなく、一流所の出身者ならば、誰だって同じ。
もちろん、一流出身者の中にも『教養が死んでいる阿呆』がいない訳ではないが、その数は少ない。
「あんた、魔人やんなぁ? あってるやろ? で、魔人って、めっちゃ優秀なんやろ?」
「あん? ……ぁあ、他のやつは知らんが、俺なら優秀だ。とびぬけてな。この俺が認めるんだから、間違いねぇ」
「何様やねん……まあ、ええわ。自信があるんはええこっちゃ。悪い場合もあるけど。……で、どうやろ。あたしに雇われてみぃひん?」
「……雇うって何に?」
「あたし、冒険者試験を受けたいんや。そのサポートをしてくれへん?」
そこで、ハルスは頭を回転させた。
『ウッカリで無銭飲食をしてしまう』という大失態をおかしたおバカさんではあるが、頭の出来が悪い訳ではない。
(冒険者試験ね、なるほど……てか、こりゃ、俺も受けねぇと、色々うぜぇなぁ……冒険の書がねぇと、南大陸に行けねぇし……)
南大陸は、今でも、『危険な場所』と認識されており、事実、開拓されていない地域はバリバリ危険なので、一般人の立ち入りは当然のように禁止されている。
他にも、ダンジョンに潜ったり、日銭を稼いだりするにも、冒険の書は必須。
――ちなみに、魔王国幹部の魔人が、この五年間、立て続けに受かっているので、ハルスが受けても問題は何もない。
(確か、試験は来月……いや、今月だったか? ……サポート……サポートねぇ。ふん、チームで試験を受けるのは珍しくもなんともねぇ。つぅか、俺が受かった時も、半分以上のヤツがチームで受けていた)
最悪、チームである事にデメリットが生じる試験だったとしても、その場で解散すればいいだけ。
(もし、今年の試験が、チームじゃないと不利になるパターンだった場合、俺の状況や性格上、色々と問題が生じる……この状況は、むしろ願ったり叶ったりか? もし、俺を騙そうとしていたとしても問題は何もない。悪意確定で、殺して、金を奪って終了……)
そこで、ハルスは、ニっと微笑み即断する。
強者ゆえのおごり。
そして、何より、『悪意をもって接してくれた方が色々と楽』という謎状況なので、決断はどうしても早くなる。
「いいだろう。雇われてやる。金をよこせ」
「このにーちゃん、常時、えらそうやなぁ……まあ、べつに、ええんやけどぉ」
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