1億の負債

1億の負債



「来週は急すぎるなぁ……せめて、一カ月くらいは準備期間が欲しかったんやけど……んー、今回は見逃す? ……でもなぁ……」


 シグレは、天を仰ぎ、数秒考えてから、


「まあ、ええわ。一応、受けてみて、落ちたら、一年後にまた受けたらええ。最悪、冒険者の資格が取れんでも、チートは、いっぱいあるから、生きていくだけやったら、そんなに難しくないやろし」


 そこで、シグレは、ニーを見て、


「あ、ちなみに、試験までの一週間、必死にレベリングしたら、あたしのレベル、どんくらいあがるかな? 20は無理?」


「シグレは、レベルが上がり難いレッドスペシャルを持っているから、一週間だと、どれだけ効率的に経験値を稼いでも、20は無理かなぁ」


「そっかぁ……神様にもらった『オマケ』が自己強化系とかやったらワンチャンあるかなぁとか思ったんやけど……」



 と、そこで、シグレのお腹かキュゥっと鳴った。



「そういえば、あたし、かれこれ15時間くらい、ごはん食べてなかったわ……どっかで腹ごしらえ……ぁ、ちなみに、ニー、お勧めのお店とかある? って、流石に、そんな事までは知らんか」


「この周辺にある、食べ物を提供する店は全部で二件。評価が高いのは西に五百メートルほど行った所にある『ソウカ』っていう大衆酒場だよ」


「なんや、この子。スマホより便利なんやけど。なんか、このままやと、この子がおらんと生きていけん体になってまいそうな予感」


「もしそうなっても問題はないと思うよ。ニーは、最後の瞬間まで、シグレの側にいて、シグレを守り続けるから」


「うわ、イケメン! このスライム、イケメン!」


 シグレは、西に向かいながら、ニーをギュっと抱きしめる。


「サイコロ勝負で勝って良かったわぁ……50以下を出した時の条件ってキツいもんばっかりやったけど、今となっては、『ニー禁止』が一番のペナルティやなって思うわ」


「もし、最低値を出していたとしても、ニーはシグレについてきていたと思うよ? 召喚獣っていう役割ではなかったと思うけど」


「え? それって、どういう――」


「最低値を出した場合、レッドスペシャルをつけられるだけじゃなく、一億の借金を抱えるっていう条件だったよね?」


「うん。それが?」


「チートを持っていない。欠点しかない。世界の事も何もしらない。住所不定無職で、教会に登録したナンバーすらないシグレがどうやって一億も稼ぐの?」


「……」


「何もできないし、誰も雇ってくれない。娼婦になったところで、誰もまともにお金なんか払ってくれないよ? 生かしておくためにパンを与えられるくらいかな。この世界は弱者にとても厳しいんだ」


「……」


「ニーは御主人が大好き。その、大好きな御主人から『シグレを守ってあげて』って、ニーは言われたの。だから、シグレの事は絶対に守るよ」


「……そっか」


 シグレは、嬉しそうに微笑んで、


「あたしも、あの神様のこと、大好きかも」


「ニーと同じだね」


「そうやね」


 お喋りしていると、ニーに教えてもらった店についた。


 かなり立派な酒場で、安っぽさはなく、どこか、気品さを感じさせた。


 扉を開けて、中に入ると、






「誰が食い逃げだ、このクソがぁ! てめぇ、言うにことかいて、この俺様を、軽犯罪者扱いしやがったな! 愉快にもほどがあんぞ! 悪意、確定!! 死んでろ、聖殺、ランク5!! ――……なんで、出ねぇんだよ、くそがぁああ! この俺を、あろうことか、食い逃げ扱いしやがったんだぞ! それが悪意以外のなんだってんだぁ!!」




 ものすごいDQNが喚いていた。



(やべぇ……そういえば、金いるんだよなぁ、こういう店って……)


 ハルスは焦っていた。


(……どうする……いつもは、俺ってだけでOKだったし、俺の顔を知らんヤツの店でも、冒険の書を出せばどうとでもなったから忘れていた……くぅ)


 極めて愚かだが、しかし、ハルスは第一王子の冒険者。

 五歳の頃から、ずっと、重鎮として生きてきた。


 ゆえに、当然、これまで、酒場で金を払う事などなかったのだ。


(くそ、くそぉ……魔王城を攻めるって時に、金なんか持ってかねぇから、当然、手持ちなんか無し……くぅ……)


 ハルスのアイテムボックスは容量が少ない(この世界においては最大クラスだが)ため、『決戦』に挑む際は、厳選しないといけなくなる。


 失ったとしてもさほど痛くはない『売れば金貨数十枚~数百枚になるクオリティ3~5のレアアイテム』を、ハルスは、全部合わせると三ケタ以上保有しているが、そのほとんどは王城の宝物庫に置いてある。


 金は、無駄に重いため、『本気の戦場』に向かう時は当然持っていかない。


 つまり、現状のハルスは詰んでいる。


 ――ちなみに、大概の店は、冒険者だとタダになる。

 冒険者が利用した。

 というだけで充分なハクがついて、一食分の元など余裕で取り戻せるからだ。


 常連になれば、それこそ最高。

 冒険者御用達の店には、誰もイチャモンはつけられない。


 輩(やから)は遠のき、結果、上客が増え、場合によっては税金も減る(持つ者は、もっと持つようになるシステム。弱者は『資源の一つ』でしかない)。






(慣れってのは、恐いぜぇ……つぅか、自分が魔人になったのを忘れて、普通に店に入るとか、バカすぎるだろ、俺……。ほんと、どうする……今の俺の所持品は、全部、金には代えられねぇ超貴重品ばかり……『三匹のカースソルジャー殺し』という命題を抱えている現状では、絶対に失う訳にはいかない至高の切り札達。少なくとも、一食分の代金を払うために売り払うなんざありえねぇ……くそぉ……どうする……)


 頭の中で必死に考えながらも、テンパっているせいか、口では、


「訂正しやがれ! 俺は、あまりにも高貴が過ぎて、庶民のルールを、うっかり忘れていただけだ! うっかりなんざ、誰にでもあるだろう! そうだろう?! つまり、俺がスゴすぎるのがアダになった! それだけの話だ! ご理解、OK?」


「いいから、さっさと金を払え。さもなくば、衛兵にさしだす」


「このガキャァ……人の話を聞きやがれぇ」


「魔人は人間と変わらないと聞いていたが……やはり、ただのモンスターか。慈悲などかけるべきじゃなかったな。客を選ばない俺のポリシーは、こういう時に痛い目をみるが、まあ、仕方ない。それが俺のルールだ」


 ごちゃごちゃ言っている店主の言葉は完全にシカトして、


(くそが……抵抗できねぇ以上、衛兵につき出されるのは、かなりやべぇ。仮に、アホが絡んできたとしても、屯所内に、まともなヤツが一人でもいたら、その時点でアウトだ。そいつには何もできずに取り押さえられちまう……セイラに目をつけてくれれば……いや、それだって、同じことだな)


 言いながら、頭の中では、


(あらためて思うが、不自由すぎるだろ、今の俺ぇ………………さ、最悪、頭を下げて皿洗いでもするしかなくなるか? ……いや、雇わねぇだろ、魔人なんざ……おお、やべぇ、色々考えてみたが、マジで詰んでやがる……こうなったら、マジで、どれか売るしか……現状の所持品の中で、最も低ランクなのは炎流……でも、これは、いろんな意味で売れねぇし……)


 ちなみに、何度か炎流をチラ見せしてみたが、反応はなかった。


 まだ『達し』がきていないだけという可能性もあるが、

 そもそも『そういう繋がり』はない可能性も高い。


(やべぇ……やべぇ……)


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