冒険者を目指そう

冒険者を目指そう




 三分ほどかけて、ニーは、『世界のあれこれ』についてシグレに教えてあげた。


 シグレは、賢い訳ではないものの、決しておバカさんではないので、キチンと理解したようで、


「ふぅん、なるほどな……レベルを上げる手段が少ないから、地球人のレベルは低いっていうだけで、素質は最高峰なんか……で、あたしは、その素質もクソやと……ヘコむなぁ」


 深いため息をついてから、


「まあええ。自分の無能さを嘆いた所で何にもならん。受け入れて、呑みこんで、血ぃ吐いて、一歩でも前に進んだる」


「シグレのその考え、ニーは好きだよ」


「ありがと、あたしも、ニーの事、めっちゃ好きやで。賢くて、可愛くて、理想のパートナーや。頼むから、『ニーと契約して、魔法少女になってよ』とか言わんといてな」


 シグレが、ニーに頬ずりしながらそう言うと、ニーは、嬉しそうにプルプルと揺れた。


「ちなみに、もの知りのニー的には、この世界での、あたしの今後の行動、どうするべきやと思う?」


「シグレは、自由に生きたいんじゃないの?」


「何も分からん状態でテキトーに行動する行為を自由とは言わん。それは、ただのアホや。得られる情報は全部集め、じっくりと精査して、どうするべきか悩んだ上で、キチンと見繕った『いくつかのルート』の中から『自由』に行動を選択する。あたしが望む自由いうんはそういうもんや。あたしの言う事、なんか、間違っとる?」


「ぜんぜん。……おけー、シグレの質問に答えてあげるね。ニーは、『冒険者を目指す』べきだと思う」


「おぉ、ド定番やな。読者目線やと、食傷っぷりがハンパない流れやけど、当事者になった以上、やっぱり、そこは避けて通れんよなぁ」


 うんうんと頷きながら、


「ほな、サクっと登録して、ゴブリンでも狩ろうか。いや、いきなり討伐任務はないかなぁ。最初は薬草採取とかかな? まあ、なんでもええわ。とにかく、行こか。ニー、冒険者ギルドはどこにあるん?」


「そんなものはないよ」


「……へ?」


「序列一位の大国『精霊国フーマー』管理下のもと、冒険者試験を運営している『委員会』と呼ばれている組織なら存在するし、その支部は、すぐ近くにあるけれど、今のシグレが出向いても、相手にはされないよ」


「……冒険者試験……なるほどな。試験があるタイプなんや。まあ、それも珍しいってほどやないな。けど、ギルドが無いんはちょっと驚きやなぁ……そうなると、依頼とかどこで受けるん?」


「冒険者に頼みごとが出来るのは王くらいだよ。一般人の雑用を請け負うなんて……まあ、無くもないけれど、かなりの珍事だね。だから、『依頼はどこで受けるのか』っていう質問に答えるとすれば、王城とかだね。君命以外で冒険者が動くって事は、ほとんどないんだよ」


「え、王様だけって……それ、どういうこと? ちょっと、意味がよぉ分か――」


「冒険者になれば、最低でも『子爵』以上の立場になるから、冒険者は、むしろ、治めることになった領地の問題を、徴発した『兵士』に依頼する側なんだよ」


「なんか……あたしが知っとる冒険者と違うんやけど……てか、それのどこが冒険者やねん。ただの偉いさんになるって事やないか」



 そこで、シグレは、ぽりぽりと頬をかいて、


「なんか、聞いただけやと、この世界の冒険者って、国家公務員試験一種の行政くらい価値がありそうな資格っぽいなぁ……そんだけの地位が与えられるって事は、冒険者試験って相当難しいんやない?」


「毎回、数百万人が試験を受けるけど、合格するのは数人だよ」


「公務員試験どころやなかった。たかが冒険者が、ハンター気取りかい……」


 シグレは、渋い顔になって、


「そんな激烈に難易度が高そうな試験に、あたしなんかが受かる? チートはあるけど、召喚系ばっかりやから、素の体力テストとかあったら、その瞬間に終わりやで。あたし、本気出しても、七キロくらいしか走られへんからね。寿司も握られへんし」




「だから、最初に言ったでしょ。冒険者を『目指す』べきだって」




「なるほどな。冒険者に『なる』べきやなくて、『目指す』べき……ね」


「足場を固める方法として、他にも、フーマー大学校に入学するっていう手もあるんだけど――」


「学校はええわ。散々行った。あたし、前の世界では、学校っていう機関に10年も通っててんで? 流石に、もうええやろ?」


「なら、やっぱり、冒険者を目指した方がいいかな。これからシグレが何をするかは知らないけど、何をするにしても、冒険者っていう身分は役に立つからね。たとえば、お金を借りようとした場合、今の『教会に登録したナンバー』すらないシグレだと、闇金みたいな所から借りて全力で踏み倒すしかないけど、冒険者なら、国が、正式に、いくらでも貸してくれるんだよ。それも、無利子無担保の『ある時払い催促無し』でね」


「……は、ハンパない信頼やな」


「そう。冒険者っていうのは、最高のステータスで、究極の身分証明書。あって損をする事はない、無敵の資格なんだ」


「それは、確かに、魅力的やな……」


「あと、ダンジョンとか遺跡とか、そういう所には、普通、七面倒くさい手順で申請をだして、長い時間をかけた審査を突破して、キッチリと国の許可を取らないと入れないけど、冒険者なら、証である『冒険の書』を見せれば一発だよ。この世界には『外国人御断り』の国が二つあるんだけど、そこにも余裕で入れるし、一般人だと『入学』しない限り入国できないフーマーにも自由に出入りできる。フーマーの場合、冒険者の監視はつくけどね」




 『犯罪者になるのも上等』という構えならば、

 冒険者でなくとも、力さえあればある程度の事はできる。




 が、目立てば目立つほど、各方面から目をつけられて、どんどん行動は制限されていく。

 グランドセフ○オートで消せない☆がどんどん増えていくみたいなもの。


 最悪、フーマーの上層部が動く。

 そうなれば、確実に消される。



 ルールをシカトし、空を飛んで入国するという事も、物理的な意味では不可能じゃないが、ほぼ確実にバレる上、不法入国は、問答無用で死罪となる。





 そして、『目をつけられたら色々と鬱陶しくなる』というのは、冒険者であっても同じ。





 ある程度までなら許容されるが、冒険者だからと言って、

 『度をこした好き勝手』をやっていれば、やはり、フーマーの上層部が動く。


 冒険者になれるほどの頭を持つ者ならば、その程度の事は知っている。

 ゆえに、みな、節度のある行動をとる。



 勇者もサーバンも、好き勝手やっているように見えて、最低限のラインは守っている。



 『愚か』でさえなければ、冒険者は、『自由』でいられる。




 キチンとした秩序の下にある『強大な力』を持った者。

 それが冒険者。


 だからこそ、冒険者は尊ばれる。


「あと、事業を始めるのも楽だね。お金の問題だけじゃなくて、冒険者がオーナーだって言うだけで、集まってくる人材も、客の入りや質も全然変わってくる。輩に絡まれる事はまずないし、納める税金も、ほとんどタダみたいになる。他にも、冒険者になる利点は数え切れないほどあるよ。もっと言えば、『冒険者になれるだけの力』があるなら、『冒険者にならない理由』は一つもないんだよ。『試験を受けられないほどの犯罪者』なら、試験会場で捕まるだけだから、もちろん話は別だけどね」


「本当の自由を求めるなら、冒険者やないとアカンって事やな……この世界を楽しむためには、冒険者になる事が絶対条件。ふむ……よっしゃ。ほな、当面の目標は、『冒険者になる』に決定や。そうときまったら、色々と準備せなな。んー、どんな試験なんやろ、ちょっと楽しみやな……あ、ちなみに、その試験って、どのくらいペースで行われてんの?」


「年一だよ」


「まあ、想定内やな。……で、時期は? その試験は、いつ行われるん?」



「来週だよ」





「近っ。なに、この光速の展開! もしかして、この世界、アニメなん? やんごとない尺の都合でもあるん?!」

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