ドレイランク

ドレイランク




 『ドレイとしてのランクを下げますか?』



 ――急に、声が響いた。




「……あ?」



 勇者はつい、顔をあげる。

 声の主が、目の前にいるわけじゃない。


 そんな事は分かっている。

 これは、ただの反射。



 勇者は、頭の中で響く声に集中する。



 『ドレイランクが下がると、主人の命が最優先になります。つまり、主人の死=己の死となってしまいます』



「なに?! ……そ、それは……俺が死んだら、あいつも死ぬってことか? イコールってのはそういうことだろ、なぁ!」




『いいえ。主人が死んだ際、一緒にドレイが死ぬだけです』




「……んーだよ、それ……」


 勇者は悲痛な面持ちでつぶやく。


「じゃ、じゃあ……なんの意味もねぇだろぉ……」




「小僧、一人で何をブツブツ言っている? ついに、頭がおかしくなったか? 元々、かなり、イっているように見えたが」




「……うるせぇ……黙ってろ」


「本当に口の減らない小僧だ」


「黙れ、うるさい、本当に殺すぞ。もう、我慢の限界なんだ……」


「お前に俺は殺せない。どうやら、セイラを助けたいと願っているのは本当らしいが、しかし、お前は、それでも、俺に僅かも手を出していない。魔人なら、魔法が使えないということはないだろう。仮に、魔法使用不可のアリア・ギアスをかけていれば、魔王ほどではないにしても、それなりの膂力は持っているはず。つまり、お前は、自分の意志で無抵抗を貫いている。――代紋を背負っている自覚がある証拠。お前は、本当に、いい極道になるだろう」


 サーバンは、心からの本音を言う。


 『力』は最も大事だ。

 それを否定することは、絶対にありえない。


 しかし、だからって、それ以外の全てがゴミになるわけじゃない。




 『任侠』を、ただ盲目に『古いからダメ』だとバカにするほど、サーバンの底は浅くない。


 もちろん、古い概念だとは思っているが、『古い』から『間違っている』わけじゃない。

 ダサいし、流行らないし、かったるいと思うが、『くだらない』とは思わない。



 サーバンは言う。


「そんな顔でうつむくな。漢(おとこ)が下がる。……お前は強い。ただ暴れるだけのバカよりよっぽどなぁ」






「俺が……強いだぁ? バカが。んなことは、わざわざ言われなくても知っている。俺は最強。無敵。人類……最強……」


 あまりの虚しさに、ゲボを吐きそうになった。


「はっ……はは……どこかだ……」


 勇者は、


「……みっともなく負けて、逃げて……だから、こんな目にあっている……」


 自分を否定する。


「そんな俺の……どこが強い…………ただのクソじゃねぇか……」


 テメェで、テメェの存在価値を殺す。






「確かに、今のお前にあるのは、まだ、覚悟と自覚だけだ」


 サーバンは、遠くを眺めながら、


「もし、『人情』などという、人の手には余る我を通したかったら、ありとあらゆる全てに備えた力を持つしかない。それは困難な道だ。だというのに、もし仮に、よっぽどの強大な力……たとえば、勇者ほどの、万能で強大な力を持ったとしても、この世界は何も変わらない。事実、変わっていない現実が、ここにある」


 勇者は強い。

 圧倒的に強い。

 ケタ外れに強い。



 ――けれど、その事実があっても、世界は何も変わっていない。



「勇者はクズだと聞く。だが、世界が変わっていない理由はソレじゃない。仮にだが、お前が勇者ほどの力を持っていたとしても、せいぜい、セイラみたいなヤツを百人か千人、多くても一万人救えるくらいだろう。この世界は、その何十、百倍にも及ぶ『巨大な不幸』の上になりたっている。お前が『理解』しなければいけないのは、それだ。――まずはそこから、だ」






「マジで、いい加減にしろ……ずぅぅっと、ぐだぐだ、どんだけ高い所にいるつもりなのか知らねぇが、テメェの話なんざ、こっちはハナから一ミリたりとも聞いてねぇんだよ……つぅか、俺は、お前に、うるせぇっつってんだ。俺にそう言われたら黙って死ね、この、カスが」


 頭の中が、ずっと沸いている。

 プチプチと、体から、妙な音が聞こえる。




 感情がラリってきた。


 あまりにも、色々と『向こう側』に行き過ぎて、

 自分が何を言っているかもわからなくなってくる。




「知ってんだよ、この世界のクソっぷりなんざ、わざわざ他人から御高説を賜(たまわ)らなくても、生まれた時から知っている!! だから、俺はぁああああ――」






『確認がとれていません。了承か否定を。ドレイランクを下げますか?』






「てめぇも、うるせぇ! 意味がねぇんだよ! 俺が死ぬことで、あいつも死ぬなら、まだ考える余地はある! だが――」



『ドレイランクを下げると、主人の命が最優先となります』



「それは、もう聞いた! こっちの話も聞けや、クソが――」



『魂魄の深層に刻まれる優先順位の序列1位。それは、すべてにおいて優先される『命』のメインクラス。つまりは、コスモゾーンの法則、第一条第一項第一号の規定。決して、何モノにも縛られない、原初の義務と権利』



「だから、もう……ぇ」




『ゆえに、』



「ぃま……なんて」










『ドレイでありながら、どんな自由も許されるようになります。

 ――それが、主人を守るための行動であるならば――』










「下げろ。今すぐに」

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