ごめん

ごめん





 勇者は、サリエリを殺さなかった。

 足蹴にし、蹴りつけ、翼をむしり、


 けれど、殺さなかった。

 その理由を問われたら、勇者はこう答える。



「あ? あの状態で残しておけば死ぬだろ、普通」



 魔王城には、1250体の魔物が、あちこちに配置されている。

 その内の300体が回復魔法を使える。


 異常に多い数だ。


 魔王軍に回復魔法の使い手が多い理由は単純。

 魔王が、そうしろと命令したから。



「可能な者は、必ず回復魔法を会得するように」



 ――まずは生きねば――

 それが魔王の方針だった。




 勇者とは対極の思想。




 魔王が描く、完全なる平和の第一歩。

 それには、まず、尊い命を守ることが最優先。














 この、いくつかの前提から結論を導き出す――みたいなマネはしない。


 淡々と、つまらない前提を並べるだけで、結論を書かないというのは、

 あるまじき行為であり、心底から、もうしわけないとは思うのだけれ――



 ……

 ……

 ……

 ……

 ……



 //少し卑怯だが、勇者の本音を書く。


   勇者は、いつも、どこかで、可能性を探している。

   勇者は、魔王城で刃向かってきた血色のいい子供たちの姿を見て思った。


   もしかしたら、サリエリなら、魔王なら、あるいは――

   揺らいだ自分にイラついたのも勇者自身の本音の一つ。


   もしかしたら。違う。ありえない。けれど。

   あるんじゃないのか。方法。もしかしたら。ない。


   分かっているだろう。

   でも。いや。ない。諦めただろう。






   ――もしかしたら――






   これ以上、揺らがぬように、と、勇者は、慌てて子供たちを殺した。

   望まぬ生を歩んでいるガキは、見つけ次第殺す。

   理不尽かつ不条理なエゴで圧殺する。


   弱者が生きていたって苦しむだけ。勇者は、それを知っている。

   だから、終わらせる。


   それは、善意ではない。決して違う。断じて否。

   どこまでいっても、ただのエゴ。


   誰に、どう思われようと、知ったことじゃない。

   決めている。遵守する。己が哲学に従う。例外はない。


   自分の中の矛盾と闘いながら、結局、

   最後の最後まで、勇者はサリエリにトドメをささなかった。


   どうしたいのか、分からなかった。

   『分からなかった』というのを引きずりたくなかった。


   決めたはずだ。決心したはずだ。

   なのに、なぜ、まだ――


   勇者の心は複雑怪奇。

   けれど、それって、勇者だけの特別なのかな?

   違う。誰だってそう。例外はない。


   諦めた部分と、諦めきれていない部分が、

   まだ、心の奥で、血みどろになって闘っている。


   どうすればいいのか、本当のところ、分かっていない。

   まだ若すぎるとか、そんな問題じゃない。


   どれほどの高次生命であろうと、

   その高次生命が、どれだけの時間と経験を重ねようと、

   仮に、何千年、何万年、何百億年を重ねても見えない。

   そんな『結論』を、

   勇者は求めている。


   だから、当然のように、いつだって。

   自分が本当にしたいことが、最後の最後で理解しきれずにグダついて終わる。






   勇者――






   ハルス・レイアード・セファイルメトスとは、

   そういう、


   ――『人間』だ//







『契約完了。カースジェイル強化』






「もう、俺は……自由なんだな?」






『――それが、』



 ハルスは、



『主人を守るための行動ならば――』




 足に力を入れた。


 ドウゥ!! 


 と、土煙が舞った。風圧でサーバンが後方に軽く吹っ飛ぶ。


 飛び出す直前、強引に振り払ったため、サーバンの指が二本ほど折れたが、主人を守るためだ。

 必要な犠牲だった。




 ――3歩で詰める。


 スキルなど、何もつかっていない。

 ただの、圧倒的な俊敏性。


 世界最高峰の脚力。


 ほぼ一瞬で、ゲイドとの距離をゼロにすると、






(ちっ、ころせねぇ……なんで、だよ……)






 ゲイドの首を刈ってセイラを奪い返そう――としたのだが、それは叶わなかった。


 確実に首を落とせる力で手刀を、ゲイルの首裏めがけて放つと、皮膚に当たる直前で、ハルスの体が、金縛りにでもあったかのように、ビシィィっと急停止した。


(……しゃぁねぇ……)


 仕方なく、ゲイドの首に、手加減した手刀を落とす。

 今度は呪いに邪魔されなかった。


 一瞬でゲイルを気絶させて、ハルスはセイラを奪い返す。


(おそらく……俺が『強すぎる』せいで、殺せないんだ。……もし、俺に力が足りず、『セイラを助けるためには、どうしても、こいつらを殺さなければいけない』という状況だったならば、問題なく殺す事ができただろう)


 ――全然、自由じゃねぇじゃねぇか。クソが。


 勇者は心の中で舌を打つ。

 融通がきかない、妙にガンコで細かい呪いに心底イラつく。


(……この俺様ならば、『殺すまでもなく救えてしまう』から、殺せなかった……くく、まあ、ようするには、いつもどおり、俺が強すぎるってだけの話さ。純粋で当然な、ただの必然。わざわざ、凝った感情を向けるような対象じゃねぇ)



 ハルスは、低位(深淵から最も遠いという意味で、ランク1が最低位)の『部分的に風を鋭利にする魔法』を使い、サクっと、セイラの腕を縛っているヒモを切り、

 口から布切れを取りだしてやる。



「けほっ、けほっ」


 苦しそうに息を吸い込んでから、セイラは、ハルスの腕に抱かれたまま、彼の目をジっと見つめた。


 細く小さな体をギュっとして、ハルスにしがみつく。


「ぁ……」


 声が出にくい。

 脳をしめる、たくさんの言葉がグチャグチャになって、ノドがつまる。


 けれど、言わなければいけない。

 セイラは必死に喉を開く。


「ぁり……」




 辛い目にいっぱいあってきた。


 生きてきて良かったと思った事はない。

 今、この瞬間だって、『生まれてきて良かった』とは思っていない。


 けれど、『閉じ込めてシェイクした炭酸』を解放したみたいに、

 自分の奥から、不安定な感情が爆発して溢れ出る。


 心の場所が分かった気がした。


 ハルスの、鋼のような腕に抱かれているセイラは、目にたくさんの涙を浮かべて、




「ぁり……がと……ぅ……」




 感謝の言葉を受けて、ハルスは、


「キモい……ヵァァ、ウエェ……虫酸で、死ぬ……けぇっ……おえっ」


 苦々しさを噛み殺す、

 『心底から疲れ切った顔』を浮かべて、



「おい、カス、いいか、二度と言わすなよ。……その勘違いを今すぐ殺せ。己の過ちを自覚して猛省しろ。まったく、今の俺が、どれだけのヘドを我慢していると思っていやがる」



 ハルスは、結局のところ、我を通しているだけ。

 本質は何も変わらない。

 これからだって、変わってやるつもりはない。



 ――しかし、



「ゴチャゴチャ言わず、ここで、黙って、ジっとしていろ。それ以外は、何もするんじゃねぇ。もし、大人しくしていられるのなら、これ以上、俺を不快にさせないと約束するなら………………甚だ遺憾だが……死ぬほど不快だが……マジで今すぐ殺してやりてぇって気持ちがバーストしている……が……」


 言って、セイラをおろすと、ハルスは、


「今だけは、てめぇのナイトをやってやる」



 背後に視線を向ける。

 ――そこには、



「驚いたぜ……さすが魔人だ。……指が折れたのなんて久しぶりだぜ」



 即座にハルスを追いかけてきたサーバンがいた。



 勇者は、ニっと笑って、


「さっさと逃げていれば、指二本で済んだのに、バカな野郎だ」





 そう言って、一歩、前に出た。





 真っ向から刃向う意志を見せた魔人を見て、サーバンは言う。


「賢さは貫けねぇ。分かっていたさ」


 サーバンは、スゥっと息を吸った。

 体が気力で充実していっている。


 大胸筋が、ほんのわずかに、グっと盛りあがった。


 サーバンは、勇者を睨む。


「感情ってヤツは本当に厄介だ。しかし、それでも、なくしたくないと思ってしまう。不幸だよな、互いに、こんな生き物として生まれてきて」


 サーバンは、勇者から目を放さない。

 先の動き一つでも理解できる。



 サーバンは思う。

 これは、死闘になる。


「……小僧、お前は後悔をするだろう。罰は死。罪は無知。お前は、俺を知らなかった。……いくら魔人でも、俺には勝てない。そして、俺は、正式に刃向うヤツを殺さなければいけない義務を背負っている。メンツという、重たい義務を、な」


 サーバンは思う。

 死闘にはなるが、自分が負ける事はありえない。


「ウチの組とは関係のない若造の処理。出来れば、遠慮したかった、が……こうなっちまった以上、仕事だ。誇りを背負って、処理をさせてもらう」


 適切な距離を確保して、いつでも動ける体勢を取っている。

 足首をまわし、手首をまわし、首をまわす。


 着々と、『生物を壊す』準備を進めている。




 そんなサーバンに、勇者は言う。




「確か、てめぇ、名前はサーバンだっけ?」


 言いながら、ハルスは、サードアイを使ってサーバンを見通した。

 これまでの、諸々の所作を見ただけでも、ある程度は分かってはいたが、


「今まで無視していて悪かったな。ただのカスだと思ってナメていたが……くく、てめぇ、いい存在値してんじゃねぇか。8点くれてやる」



「この俺が、採点されるとは、いつぶりかな。くく……思い返してみれば、初めてかもしれない、丘の上から声をかけられたのは。それが妄想の丘なのか、現実の丘なのか、この身で判断してやろう」


「発言だけは常に一丁前だな。俺を前にしても口が減らない、その勇気満点を称えて、9点にアップしてやる」


「……採点されるのは不快だが、高評価なのは、素直に嬉しいね。俺が高得点なのは当然な訳だが。……ちなみに、満点じゃない訳……減点の理由は?」






「俺と比べればクソすぎる。マイナス91点だ」






「……100点満点評価だったか……くくく……随分とカラいねぇ。仮に、お前の立っているソコが、妄想の丘じゃなかったら大したモノだが、はてさて」



 言いながら、サーバンは、アイテムボックスに手を伸ばした。

 『炎を纏う剣』を取りだして、構えつつ、スっと腰を落とす。




 それを見て、ハルスはヒュゥッと称賛の口笛をふいた。


「おやおや。多少、存在値が高いってだけじゃなく、亜空間魔法まで使えんのか、おまけにそいつは、かなりの魔剣だな。クオリティ5……いや、もしかして……」



「クオリティ6の魔剣『炎流(えんる)』だ。……炎流、自己紹介しな」



 命じられると、炎流の刀身に、一瞬、バチっと黒い稲妻が走った。



「装備、魔法、身体能力……ダニの分際で、全体的に、随分と小マシな仕上がりじゃねぇか。少しだけマジで褒めてやる。プラスで20点くれてやらぁ」


「遠いねぇ、満点まで」


 軽口をたたきながら、サーバンは冷静に、ハルスとの距離を詰める。


 互いの圧が触れ合う所まで近づいた時、サーバンは、


「剣気、ランク3」


 剣の切れ味が増す魔法を使用した。

 魔力が刀身を覆う。


 纏う炎の質が強化される。

 グワァっと熱く燃え上がる。


「くく……『街のチンピラその一』風情が、本当に、随分と、まあ、『魅せる』じゃねぇか。おもしれぇ。俺も、少しだけ……魅せてやるよ」


 勇者は、武器を取らず、素手のまま、腰を落とし、サーバンに対して半身になった。

 両のワキをしめる。右腕を腰につけ、左腕を前に出す。

 掌に力は入っていない。

 柔らかく開かれている。




「もし、避(よ)けれたら、満点やるから、頑張りな」



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