第6話 ぼくらの七か月労働

 さっそく翌日から、長夫の仕事が始まった。

 邸宅の増築と修繕から始まったが、それが終われば用水路の整備、さらには材木の運搬や堤防の築造……休む間もなく、さまざまな肉体労働が割り当てられる。体力のない者だったら、かなりきつい内容だ。

 しかし、体を壊すほどかと言われれば、そうでもない。おそらく、負担が大きくなり過ぎないように、喜十郎さんが配慮してくれているからだろう。

 他の長夫の現場ではまた事情が違うのか。それとも、「長夫は過酷」というのが単なるうわさに過ぎなかったのか。その辺りは何ともわからなかった。

 物ぐさ太郎は指示されるままに現場におもむき、荷を運んだり材木を切ったりしていた。途中でなまけるだろう、という僕の予想は外れた。文句も言わず、喜十郎さんの指示通りに淡々と仕事に取り組んでいる。仕上がりも決して雑ではない。

 気になって物ぐさ太郎に、

「面倒だとは思わないのか? わざわざ都まで来させられた上に、人から重労働を命じられて」

 と聞いたことがあったが、

「都は面白い。美しい物や珍しい物ばかりだ。御所ややしろは立派だし、山や川の眺めも清々すがすがしい。何をしていても飽きない。気がつけば時間が過ぎている。なまけたいとは感じない」

 という答えが、何でもないことのように返ってきた。

 物ぐさ太郎らしくなさ過ぎて意外だったが、だからと言って否定するわけにもいかないので、僕はひとまず納得しておいた。

「ふうん。そういうものか」

「それに何より、ここで働けば女を妻にできる」

 やっぱりそれか。

 真面目に働いてくれるのは助かるけれど……嫌な予感が消えない。

 物ぐさ太郎がちゃんと働いているので、僕は見張ってさえいれば良かったんだが――結局、長夫の一員として一緒に働いていた。ただ見ているだけというのも手持ち無沙汰ぶさただし、何か居心地の悪さも感じたのだ。我ながら、損な性分だと思う。

 仕事場と、大納言様が用意してくださった宿の往復――来る日も来る日も、その繰り返しだった。

 まめに働いているのが評価されたから、というより、「こいつは使える」ともくされたのだろう。三か月の予定だった長夫は、いつしか七か月にまで延長されていた。

 気がつけばすでに十一月。物ぐさ太郎もさすがに、

「そろそろいとまをもらって、信濃の国に帰るか」

 と言い出した。僕は黙ってうなずいた。

 これでこいつの見張りもお役御免やくごめん。やっと帰れる、という安堵あんどでいっぱいだった。

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