第181話 海の小鬼


「……あー、なんともややこしい話だが、第五ダンジョン……海のダンジョンの魔物は、海産物なんだよな?」


「……はい、海老やカニなど、甲殻類が主という話でした」


 様々なダジョンが混ざり合って混沌と化した第七ダンジョンを進み、森を抜けて海へと入り……そうして前方に魔物を視認した俺がそう言うと、居心地悪そうに床を何度も踏んでいるポチがそう返してくる。


 今居るのは第七ダンジョンの中で……しかし広がる光景は第五ダンジョンで。


 周囲は海、遠方には波を受ける岩山、地面は砂浜、だがしかし砂を踏んだ感触は一切なく、のっぺりとした床を踏んだような感触が足を伝わってきて……特に視線が低いポチ達は、砂浜を踏んでいるのに砂浜を踏んでねぇような感触が返ってくるのが、どうにも居心地悪いようだ。


 青空が広がっているが天井があって、何も無いはずの場所に唐突に壁があって……仕組みというか、造りだけはダンジョンらしい空間で、俺達は前方にいる魔物のことをにらみ続ける。


 ……それはポチの言葉にあるような甲殻類ではなかった。


 先程、森の光景を歩いている中で何度か出会った……第一ダンジョン名物の小鬼だった。


「……いやまぁ、魔物全部が小鬼になってりゃぁ、そんなに楽な話もねぇけどよ……。

 なーんか、嫌な予感がするんだよなぁ、そんな楽が出来る訳ねぇっつうか……」


 そう俺が言葉を続けるとポチは、


「狼月さんの勘は当たりますからねぇ」


 と、そう言ってから小刀を構えて警戒感を顕にする。


 それに続いてシャロン、クロコマもまた、油断せず構えて何があっても問題ねぇように備えて……そうしながら俺達は俺を先頭に、小鬼達の方へと足を進めていく。


 するとすぐに……いつもの小鬼なら気付かねぇような距離で小鬼達がこちらに気付き、そして驚く程の、凄まじい速さでもってこちらに駆けてくる。


 駆けてきながら出鱈目にではなく、それなりに理に適った構えでもって、手にした武器……剣や手斧、短剣なんかを構えて、速さもそうだがそうした構えからも、連中がただの小鬼ではねぇということがはっきりと分かる。


「なんだぁ!? 海産物食ってると強い小鬼が生まれるのか!?」


 それを見てそんな声を張り上げた俺は黒刀を振り上げ、こちらに駆けてくる……一、二、三……全部で六匹の小鬼へと攻撃を繰り出す。


 まずはまっすぐ振り下ろし、それで一匹真っ二つにしたなら横に薙いで二匹の腹を斬る。


 俺がそうする間、ポチが斬撃を放って一匹を斬り、シャロンが礫を放って一匹の足を止め……残り一匹に対し、クロコマが改良した、周囲を覆うのではなく、一点に集中させた弾力の符術を放ち、敵やその攻撃を弾くのではなく小鬼そのものを、遠くへと弾き飛ばすという、なんとも攻撃的な符術を発動させる。


 その符術自体は弾き飛ばすだけのもんで、明確な殺傷力はねぇんだが、そうやって弾き飛ばされて壁なんかにぶつかれば相応の衝撃がある訳で……見えない壁にぶつかった小鬼は、まるで大槌で殴られたかのような衝撃を受けて……そのままぺたりと床に倒れ伏す。


「……さっきやりあった小鬼とは動きも構えも、何もかもがちげぇなぁ……」


 倒れ伏し、真っ二つになり、ほとんどの小鬼が消滅していく中、そんな言葉を吐き出した俺は……腹を横に薙いだばかりの……腹を抱えながら床に倒れ伏し、倒れ伏しながらもちらちらと視線をこちらに向けて、死んだふりからの奇襲を狙っているらしい二匹の小鬼の首へと黒刀を突き立てる。


「その上、頑丈で黒刀での横薙ぎでも死なねぇと来たもんだ。

 死んだ振り……自体は前の小鬼でもしかたかもしれねぇが、それにしても巧妙にやりやがる……。

 こういう小鬼もいるんだと思うべきか……ダンジョンが混ざりあった影響と見るべきか……」


 俺がそんなことを言う中、クロコマとシャロンが駆け出して、絶命し消え去りつつある小鬼の死体を調べ始め……他の小鬼との差を見極めようとしているのか、完全に消え去るまで無言で、小鬼のことを調べ続ける。


 そうして小鬼が消え去って、ドロップアイテムが落ちてきて……それを見た俺達はほぼ同時に声を上げることになる。


「ドロップアイテムは変わんねぇのかよ!?」

「ドロップアイテムは変わらないのですね!?」

「錆びたお鍋じゃないですか!?」

「海だけに塩っ辛いのう!?」


 六匹の小鬼を倒して得たドロップアイテムは、錆びて穴だらけとなった鍋と、割れた鍋蓋と、何かの持ち手部分と、元が何であったのかすら分からねぇ錆びた鉄片数個……。


 そうしたしょうもねぇドロップアイテムを見て声を上げた、俺、ポチ、シャロン、クロコマの四人は……仕方ねぇかぁとため息を吐き出しながらそれらを拾い、背負鞄にしまい込む。


 正直、こんなもんを持ち帰ってもしょうがねぇ気もしたが、何がどう役立つか分からねぇのが異界の品々だ、最悪クロコマの符術の触媒にはなるだろうし……重くてかさばるのを我慢しながら、背負鞄を背負い直し……さて、お次はどんな小鬼が出るのかと、警戒しながら足を進めていく。


 足を進めて見えない壁にぶつかったなら、しっかりと見えない壁がどういう形になっているのか、ダンジョンがどういう構造になっているのかの確認をし……ポチが書き上げていく地図を全員でいちいち確認しながら、更に足を進める。


 足を進める中で何回か小鬼とやり合って……ここには小鬼しかいねぇのか? なんてことを思い始めた折……空気の流れが変わり、今まで進んでいた通路とも、小鬼がいた小部屋とも違う、大きな空間に出たとなって……前方に事前情報にあった甲殻類達が姿を見せる。


「……おい、あれ、あの海老……ありゃぁ伊勢海老ってやつか?」


「……ですね、立派な髭を構えてがっちりした甲殻を背負って……牛並に大きい伊勢海老ですか……」


 それを見るなり俺がそう声を上げると、ポチがそう返してくる。


 甲殻類の……海老やカニのモンスターと聞いて、ある程度の想像はしていたのだが、まさかのまさかまんま伊勢海老を巨大化させただけのモンスターがいやがるとは……。


 そいつの大きさに驚き、硬そうな甲殻に少し怯み、あれは刀でどうにかなる相手なのか? と、そんなことを黒刀を構えながら考えていると……どこからか、何かが駆けてくるような足音が響いてくる。


 それはまるで砂を踏んでいるというか、砂浜を駆けているような足音となっていて……じゃっじゃと響くその音の方へと視線をやると、そこには小鬼の姿があり……十匹ほどのその小鬼達はまさかのまさか、俺達ではなく伊勢海老の方へと駆けていって、伊勢海老へと襲いかかる。


 すると伊勢海老は凄まじい速度で体をひねり、体をひねった勢いというか速度でもって立派な二本の髭を振るい……それを鞭のようにして駆けてきた小鬼達を強かに打ち据える。


「お、おいおい……どうなってんだ。

 小鬼と伊勢海老が喧嘩してやがるぞ……」


 その光景を見て俺はそんなことを呟き……伊勢海老の攻撃を回避した数匹の小鬼が、伊勢海老の足や髭なんかに飛びついて、それに齧りついているのを見て……先程までの小鬼がどうして強くなっていたのか、その理由をなんとなしにではあるが、察するのだった。

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