第115話 海の向こうからの客人


 御庭番の隠密、田畑といくらかの酒を飲み交わして……良い感じに出来上がった所で田畑が散歩に行きてぇなんてことを言い出し……そうして俺達は組合屋敷を出て、大通りを下り、港の方へと足を進めていた。


「急に散歩をしたいだなんて訳の分からねぇことを言い出しやがって……そういうのは酒を飲む前にしろよ、酒を飲む前に」


 足を進めながら俺がそう言うと、田畑はへらへらと笑いながら言葉を返してくる。


「しょうがねぇじゃねぇか、見たくなっちまったんだからよぉ、江戸の港をよぉ!

 港ではよ、試運転はここ最近毎日のようにやってるんだろ? ならそれをひと目見たいってのは人情だろうさ!」


「あん? お前まだ黒船を見てなかったのか?」


「いや、見たよ、造船所で停泊してるところをな?

 ただやっぱ船はよ、海に出て波をかき分けてるとこを見ねぇとよ、その本質ってのが分かんねぇと思うんだよ、うん」


 隠密だろうにすっかりと酔っ払った田畑は、そんなことを言ってきて……俺は仕方ねぇかとため息を吐き出しながら港へと足を進めていく。


 すると黒船を見るためなのか港に一画に人だかりが出来ていて、その人だかりを相手に商売しようっていう露店やら屋台やらが出ていて……。


 その人だかりの中を田畑と二人でかき分けながら進んでいると……急に人だかりが無くなって、誰もいねぇ何にもいねぇ空間が現れて……その空間に投げ出される形となった俺と田畑はほぼ同時に『あん?』との声を上げる。


 人だかりを作り出していた連中はまるで何かを遠巻きに見ているかのように円形を作り出していて、そして俺達はその円の内側に入り込んでいて……そんな俺達の前方、円の中心には二人の風変わりな着物を身にまとった男……多分男だろう人物が二人立っていて、何もせずにただじぃっと海のことを見つめていた。


「いやぁ、たまげたぁ、たまげたよぉ」


「お前さっきからそればっかりじゃないか」


 海を見つめる男達はそんな声を上げていて……その様子を見ていた俺は酒のせいもあってかついつい口を滑らせる。


「青地に白い模様刺繍の着物……ああ、箱館からの客か」


 すると海の方を……海に浮かぶ黒船のことをじっと見ていた男の一人、大柄で、俺よりもうんと大柄で、その全身を茶色い毛で覆われた、熊そっくりの顔をした男がこちらへと振り返り、にっかりとした笑みを浮かべてくる。


「おお、オラ達のこと知ってんのか!」


「箱館からってのは正確じゃないけど、まぁ、大体そんな所かな」


 続いて声を上げたのは熊男の肩にちょこんと座っていた小人だった。

 太陽の光をきらきらと反射している銀色の長い髪をなびかせている様は幻想的というか、なんというか……今この場がダンジョンなんじゃないかと、あちらの世界なんじゃないかと思ってしまう程のものだった。


 肌は白く目は青く……男というよりも少年といった顔立ちだが、それでも女には見えねぇからなぁ、男で間違いねぇだろう。


「この時期に来たってなると……上様がお呼びになったって所か?

 箱館との関係を悪化させないために、試作の段階であっちの代表者に黒船を見せておこうとしたと、そんな所か」


 俺がそんな声を上げると、熊と小人はその表情でもってその通りだと伝えてきて……そして小人の方が言葉を返してくる。


「箱館箱館って、あそこはあくまで玄関口、オイラ達の本拠じゃないんだよ?

 オイラ達がどこから来たかって言う場合は、シャクシャイン国から来たって言ってもらわないとさ!」


「ああ、そうだったな、すまねぇ。

 酒を飲んじまってるせいか頭が回ってなくてなぁ。

 っていうか、あれだ、あー……なんだ、シャクシャインの客人なら港の管理者に言えばもっと良い場所っつーか、黒船を見やすい場所に案内してもらえるはずだぜ?」


 俺のそんな言葉に熊と小人は顔を見合わせて……じゃぁその管理者の所に連れてってくれなんてことを言い始める。


 吉宗様直属の御庭番としちゃぁ、吉宗様の客人にそう頼まれたら断れねぇなと案内することになり……管理者に話を通した上で、一般人の立ち入りが許されていねぇ造船区画へと足を進める。


 俺がそうこうしているうちに田畑はいつのまにか何処かへと消え失せていて……まぁ、隠密ならそういうこともあるかと特に気にせずに客人の案内を続けていって……案内をしながら自己紹介やら雑談やらを交わしていく。


 熊の名前はボグ、小人の名前はペル。

 二人共、北海の大地の国シャクシャインではそれなりの立場にいる重鎮なんだそうで……今回は友好の使者としてお江戸にやってきたんだそうだ。


 シャクシャインからの友好の使者が来たとなれば、誰あろう吉宗様が出迎えをするはずだし、すぐに江戸城職員による護衛と案内がつくはずなんだが……どうもボグ達はいつこちらに来るかを報せずにやってきちまって、挙げ句の果てに船を降りるなりそのまま海を眺めていたようで……もしかしたら江戸城は未だに二人の来訪のことを知らねぇのかもしれねぇなぁ。


 友好の使者がそんなんじゃぁ全くもってこまったもんなのだが、ボグ達はそんなこと思いもよらねぇのかなんとも呑気な顔をしていて……そんなことよりも江戸の港の様子や、海上で試運転中の黒船の様子や、俺との雑談の中で出てきた話題、ダンジョンのことが気になって仕方ねぇらしい。


 ボグやペルのような連中がいるってことは当然シャクシャインにもあの割れ目が、ダンジョンがあるのだが……シャクシャインではダンジョンが完全に封印されているため、二人共中がどんな場所なのかは全く知らねぇようだ。


 ならばと俺がつい最近行ったばかりの、泥人形のダンジョンのことを話してやっていると……ボグとペルはなんとも良い笑顔になって、ご機嫌な様子で元気な声を上げてくる。


「なるほどなぁ、泥人形かぁ。

 そんなに苦戦してるってんならこのオラが泥人形の倒し方を教えてやるよぉ! 力任せな戦い方に関しちゃぁオラに勝てるもんはいねぇからよぉ!」


「そんならオイラは魔力の使い方、感知の仕方を教えてやろう!

 ホビッ……じゃなかった、コロポックルのオイラ達一族は、そこら辺のことに関しちゃぁどんな種族よりも優れているからね!!」


 そんな二人の良い笑顔をじっと見つめた俺は……いずれシャクシャインに帰るだろう二人には出来るだけ良い思いをして帰ってもらいたいとか、出来るだけ客人の希望には沿うべきだろうとか、そんなことを酒の回った頭で考える。


 二人が向こうに帰るまでとなれば、そんなに長期間ってことにはならねぇだろうし……それなら二人に付き合ってやるくらいは御庭番の仕事の範疇と言えるだろう。


「そういうことならまぁ、二人に稽古を頼むとするよ。

 稽古の礼は……そうだな、お江戸の美味い飯を奢ってやるってのはどうだい?」


 そうして俺がそう返すと、ボグとペルは……良い笑顔から満面の笑みとなって、


「アンタ良いやつだなぁ!」

「よし、今日からオイラたちは兄弟だ!」


 なんて調子のことを言ってから、俺の肩を掴んでくるなり、俺の肩に乗っかってくるなりと、好き勝手なことをし始めるのだった。

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