第113話 試作
「あ、あのポチとシャロンちゃんが……驚いちゃったわねぇ、
いや、二人がそういう関係っていうか、仲良くしてたのはアタシも気付いていたんだけど……にしてもまさか、一緒になっちゃうなんて……」
驚き、そんな声を上げ、物凄い目をこちらに向けてくるネイに、俺は呆れ混じりの顔になりながら言葉を返す。
「……あの堅物のポチがそういう関係になったってことは、一緒になる覚悟あってのことだろうよ。
俺もまぁ話を聞いた時には驚いたがよ……アレが遊び半分で女とどうこうなる訳もなし、まぁ、うん、めでたい話だし、良い話だよ」
「そうねぇ……もしシャロンちゃんに子供が出来たらどうするかって問題はありそうだけど、その場合は皆でサポートするなりしたら良い訳だし……最悪怪我の治療とかは組合の屋敷でやれば良い訳だしね、どうとでもなる訳、か」
「そうなるな。
場合によってはシャロンの知り合いの薬師を紹介してくれるらしいからな……組合の連中が怪我した場合のことも考えて、薬師部屋なんかも用意しても良いかもな。
そこでエルフとドワーフの薬学も踏まえて研究してもらえりゃぁ……それなりに良い結果になるんじゃねぇかな」
「そうねぇ、つわりや出産にだって薬師の力は必要なんだろうし……それも悪くないかもね。
銭が余ってるっていうなら、そういうことにもどんどん使えば後々……数ヶ月後、数年後のダンジョン攻略が楽になるかもね。
……っていうか、アンタ、アタシ達やポチ達の祝言の話をするなら何処か別の場所でも良かったんじゃないの?
なんだってまたこんな辺鄙っていうか、潮風吹きすさぶ場所を選んだのよ」
会話の途中で目を細めたネイが、そんな質問を投げかけてきて……俺はがしがしと頭を掻いてから、造船所の方へと視線を向ける。
「あー……ネイに見せたいもんがあってここにしたんだが、動きがねぇっていうか、そろそろのはずなんだが……。
お、動き始めたな、ほれ、あそこだ、造船所の方を見てみろ」
と、俺が造船所の方を指差しながらそう言うと、造船所の中から何艘かの小舟が姿を現す。
造船所は港に面していると言うか、海に面しているというか……作った船を浮かせたり進水させたりするために、海と接続しているというか、海そのものを屋根と建物で覆うような形になっていて……その小舟達の上には造船所の職員だろう連中の姿がある。
やれ何々組だの、何々造船だのそんな文字の書かれた法被を着て、鉢巻をしていて……そいつらが大声を上げて手を振り回し、造船所の周辺で漁をしている漁船を追い払い始める。
「事前にこの辺りでの漁を禁止するお達しが出てただろうに……全く、江戸の漁師は図太いねぇ」
その光景を見やりながら俺がそんなことを言うと……ネイはそれで大体のことを察したのだろう、懐からまさかの双眼鏡を取り出す。
「……お前、いつもそんなのを持ち歩いてんのか?」
「アンタね、アタシを何だと思ってるのよ、商人よ、商人。
江戸の人の流れはどうなってるのか、流れてくる雲の様子はどんな塩梅か、海は荒れているのか、予定通り商船が入ってくるのか……商人にとって目は命なのよ、当然持ち歩くに決まってるでしょう。
いっそのこと空を飛んで真上からお江戸を見下ろしたいって何度思ったか分からないわよ」
俺の言葉に対し、そう返したネイは双眼鏡を覗き込み……造船所の様子をじぃっと見やる。
「まさかもう完成していたなんて……機関の開発が始まったのはつい最近のことでしょ?」
見やったままそう言ってくるネイに対し、額に手を当て目を皿にしながら同じ方を見やった俺は……瞬きしねぇように見逃さねぇように気をつけながら言葉を返す。
「船体自体は前々から作ってたからな、それに試作機関を載せての試作船って訳だ。
ちなみに載っている機関はミスリルを使ったもんじゃなくて……っと、出てくるみてぇだな」
そんな俺の言葉に応えるかのように、造船所から黒塗りの驚く程にでけぇ鋼鉄船が姿を現す。
吉宗様の部屋で見た絵図をそのまま形にしたような姿形で、面構えで……その背に乗せた大きな煙突からはもくもくと黒い煙が上がっている。
「……まさか、蒸気機関!?
えええ、ウソウソ、話だけなら聞いたことあったけど、こんなに速くて力強いなんて……これで風を気にせず動けるなんて、嘘でしょ!?」
ネイの声はもはや悲鳴に近く、双眼鏡を構えながらずいと前に乗り出し、海に落ちてしまいそうになる寸前で、ネイの腹の辺りを腕でもってぐいと抑えてやりながら声を返す。
「一応状況によって帆も使うらしいがな……あの蒸気機関は改良型、初期の木々を燃料にするもんじゃなくて、石炭とかいう燃える石を燃料にしているらしい。
そのおかげで推進力が抜群に上がったとかでな……あの図体だってのに、更に多くの荷物や、何十どころか百人を越える人間を載せられるんだそうだ。
もしドワーフ達が躍起になって開発しているミスリルの魔力機関が出来上がったなら、あれ以上の図体の、あれ以上の推進力の、それはもうとんでもねぇ船が作れるんだそうだ」
俺がそう言うと、まるで俺の言葉に応えるが如く、試作黒船が唸り声を上げる。
ぼぉぉぉぉぉー……。
地響きかと思うような、魔物の声かと思うようなその声は、汽笛というものらしく……汽笛に驚いた海鳥が飛び立ち、そこらで漁をしていた漁師達が、漁船の上で転げたり海に落ちたりし……堤防で釣りをしていた連中も、魚がかかっているのかしなる釣り竿を無視して唖然としたり、釣り竿を海に落としちまったりと、それぞれ様々な反応を見せていく。
「上様はあれに砲を乗せて外国に派遣するつもり……なんだっけ?」
そんな中、双眼鏡を覗いたままのネイが、力強い、腹の底から響くような声を上げてくる。
「ああ、そうだな」
「……ダメよ、そんな使い方絶対ダメよ、あれを軍船にするだなんて、そんなの絶対にダメ!
商船よ! 商船にすべきよ! アレがあればアンタ!! 日の本の北から南まで一日で行き来できちゃうじゃないの!! 今までにない大量の荷物を、そんな速度で運べるとなったら日の本の経済がどれだけ活発化すると思ってるの!!
外国なんてその銭で、銭の山で叩いてやればいいのよ! それで正気に戻るはず、どこもこぞって商船商売に手を出し始めるはず!!
あの船に武装なんて不要よ! 賊が出たってあの速さで振り切っちゃえば良いんだから! だからだから絶対に、軍船なんて絶対に―――」
「落ち着け」
声を上げながら立ち上がり、それでも双眼鏡を覗いたままそんな声を上げるネイに俺はそう声をかける。
「でもでも、だって、あんな、あんな凄い船を軍船なんかにするなんて……!」
「もう一度言うが落ち着け、上様程のお方がお前の言ってることに気付いてない訳ないだろ?
っていうか上様は、あの船の商業利用を考慮した上で、お前を始めとした商人にダンジョン関連の品々を預けたんだぞ?
そうやってお前達に稼がせて地力をつけさせて……そして商船に投資させようってのが上様の腹だ。
軍船利用もするし、商船利用もする、どちらか一方だけなんてのは飛車落ち角落ちみたいなもんだろうよ」
俺がそう言うとネイはようやく双眼鏡から目を離し、こちらへと視線を向けてくる。
くりっと目を見開き、小さくぽかんと口を開け、なんとも言えないネイは一言、ぽつりとその胸中をそのまま言葉にしたらしいものを口にする。
「……それもそうね。
まさかアンタに諭される日が来るなんて、夢にも思わなかったわ」
その言葉に俺は……苛立つ訳でもなくため息を漏らす訳でもなく、全くネイらしいなと苦笑するのだった。
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