第107話 第四ダンジョン
装備が揃い、慣らし鍛錬を終えての三日後。
新たな装備を身につけて……マスクやゴーグルは念の為にと背負鞄に入れておいて。
そうして江戸城へと向かった俺達は、コボルトの職員に案内してもらって件の部屋へと……何の変哲もない、傍目には普通の戸で封じられた部屋へと向かい、厳重な錠前を職員に外して貰って中へと入る。
すると鉄製の牢屋が中に拵えてあり、もう一つの錠前がかけてあり……その牢屋の中に件の裂け目の姿がある。
元の江戸城では一体どの辺りにこれが出来たのか……ともかく居間の江戸城ではこうして厳重な封印と監視がなされているようだ。
鉄の箱ではなく檻にしたのは外からの視認を可能にするためなんだそうで……これを作る際に職人達は何度か裂け目に飲まれてしまったとかで、完成までに相当の苦労があったそうだ。
その錠前が職員の手で解錠されて、牢屋の戸が……随分と長い間開いてなかっただろう戸がぎぎぎと音を立てて開いて……職員は二つの錠前と鍵をこちらに渡してくれる。
なんでまたこっちに渡すのかと言えば、裂け目の向こうに入っている間に錠前を閉められちゃぁたまらんということで、中に入る者が責任を持って管理することになっているらしい。
退出する際にはしっかりと錠前をかける必要があり、また俺達が向こうにいる間はこの職員が誰かが勝手に侵入しないように見張りまでしてくれるそうで……全く至れり尽くせりとはこのことだろう。
「上様から特別手当が出ていますので、お気になさらず。
上様のため、日の本のため、ご活躍をお祈りしております」
そんな職員の言葉に背を押された俺達は、準備が整っていることを確認してから裂け目へと入っていって……そうして噂の荒野へと至る。
「……おお、すげぇな。
岩がこう……塔みてぇというか、見張り台みてぇというか、にょきにょきと生えてやがる。
なんだ、このなんだ……この光景は、たとえようがないっつーか……草も木もない石切場か?
……いや、そもそもこんなに大量と赤土と赤岩があるとこなんて見たことねぇしなぁ……いかにも異界って感じでこいつぁすげぇなぁ」
至った異界はそんな俺の言葉通りの光景だった。
草もねぇ木もねぇ、何処を見ても見えてくるのか赤土か赤岩か、巻き上がった赤土で煤けた空か。
強い風が吹いているらしく、そこら中に赤土が舞い上がっているのだが……風も赤土もこちらには届いてこない、俺達のいるとこからまっすぐと正面に見えない壁というか……ガラスの箱でもあるかのように、赤土がない空間が広がっている。
第一ダンジョンの時……森の時は空気の流れとか、森の匂いだとかが漂っていたもんだが、どうやらここはまた今までのダンジョンとは違う法則の世界となっているようだ。
「こちらの世界にもこういう場所はあるらしいですけどね。
大陸のこう、真ん中とか、左下のほうとか……このままの光景ではないでしょうけど、似ているところはあるらしいです」
周囲の様子を見やりながら鼻をすんすんと鳴らしながらポチがそう言ってきて……シャロンとクロコマが同じような様を見せる中、俺は言葉を返す。
「大陸はやっぱすげぇんだなぁ……。
こんな草も木も無いとこがあるなんてなぁ……流石にこんな所に住んでるやつはいねぇんだろうけどよ」
「いえ、いるらしいですよ?
もっと凄い砂だけの大地でも人が暮らしているそうですし……こんなところにも虫とか動物がいるらしいですね」
「……お、おいおい、嘘だろ?
ここで何を食ってくんだよ? 水だってどこにも無さそうじゃねぇか?」
「それがですね、昼間はこんな光景ですが、夜になるとうんと冷えて夜露が降りてくるんだそうですよ。
土の中に眠っている虫達は夜露目当てに目覚めて這い出てきて……その身体に夜露をまとわせて水を飲むんだそうです。
そしてその虫を食べるトカゲがいて鳥がいて……数は少ないですが、こういう所でもそうやって生命が巡っているんだそうです」
「マジか……すげぇな荒野。
すげぇが……この光景は気が滅入るもんがあるからなぁ、ここで俺が暮らすのは無理だろうなぁ。
草も木もねぇ、池も川もねぇ稲もねぇ……春夏秋冬、花見だってねぇだろうしなぁ」
「ところがですね、この辺りに住んでいる人達の価値観、宗教観と荒野のこの光景は、鍵に鍵穴が合うが如く、ぴたりとはまるものがあるらしくてですね、涼しい季節になるとお弁当と水筒を持って出かけて、この荒野の光景をまさに花見が如く楽しむんだそうですよ」
「……参った、降参だ。
この世の中にそんな連中がいるたぁなぁ、俺も荒野に生まれてたらそうなったのかねぇ……まったく本当に大陸はすげぇんだなぁ」
と、そんな会話を俺とポチがする中……シャロンとクロコマが戦闘準備を整えて、そろそろ行くぞとの表情を向けてきて……俺達は気持ちを切り替えて、刀と小刀をそれぞれ引き抜く。
「……ここの敵は泥田坊みてぇな泥人形らしいな。
泥ってより赤土人形か? エルフが残した記録によればただの雑魚、ドワーフが残した記録によれば今までにない強敵。
エルフ曰く弱点をつけば一撃、ドワーフ曰く弱点がどこだか分からん。
……一体何がどうしてそこまで真逆の評価になるんだかな」
なんてことを言いながら俺は一歩前へと足を進める。
動く泥、歩く泥、ゴーレムと呼ばれるそれは、大中小様々な大きさがあり、形も獣型だったり人型だったりと多種多様であるらしい。
基本的には泥なので硬い訳でもなく、強い攻撃をしてくる訳でもねぇんだが……捕まってしまうとその重さで押しつぶそうとしてきたり、泥がとろけて喉に入り込んで詰まらせようとしてきたりするらしい。
「捕まらないようにするのが第一で、基本的には遠距離から弱点を狙う形になりますが……昔ここに挑んだドワーフさん達は苦戦しながらも近距離戦のみで突破してるんですよね。
弱点が分からないから全身を叩き潰すために大きな金槌を作ったとかで……それで一つ一つ潰していったとか」
俺の後に一歩踏み出したポチがそんなことを言ってくる。
「泥が相手だと毒とかは通じ無さそうですね。
目潰しとかも……そもそも目があるのかって問題がありますし……でも何かしらの方法でこちらを感じ取ってるはずだから、それを狂わせるとかですかね?」
続いてシャロン、今回は投げ紐での投擲が主な攻撃方法となりそうだ。
「符術は相手が泥だろうが土だろうが、問題なく効果するからのう、ワシを頼ってくれても構わんぞ。
頼ったら頼っただけ出費がかさむ訳だが、そこはまぁ必要経費というやつだろうな。
組合の連中の活躍のおかげで符を作るための素材が山のように手に入ったからのう、新作含めて符はたーーんとあるぞ!」
最後にクロコマ、いつも腰に下げている符の束はいつもよりも分厚く、大小色まで様々な符が納められていて……中々頼りになりそうだ。
そんな感じで俺達は周囲を警戒しながら……いつ泥人形が襲ってきてもいいように神経を尖らせながら奥へ奥へと進んでいくのだった。
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