第98話 秋の道楽


 それから湯浴み茶屋に集まったエルダー達はあれこれと……どうやったら俺達の力になれるかと話し合い始めたのだが……結局結論は出ないまま、酒盛りに以降してしまい、そのまま解散となってしまった。


 まぁ、突然呼び出されてそう簡単に何が出来るか、何をしたら良いかってな話にまともな結論が出るはずもなく……そうなってしまうのは仕方ねぇことだろう。


 改めて後日、それぞれのエルダー達から何が出来るか、何をしてくれるのかの連絡があり……それを受けてまた検討というか、話し合いをすることになるらしい。


 一応エルダーエルフ達は魔法や薬学関連、エルダードワーフ達は鍛冶関連で役に立ってくれるつもりのようで……更に何人かはダンジョンに同行出来やしないかと検討してくれるそうだ。


 歳をとっても老けないエルダー連中は、もうかなりの歳になってはいるが、それでも現役のように、若い連中と同じように動けるそうで、戦いに関しても向こうの世界で経験してきただけあって、中々のものであるらしく……それなりに期待は出来るようだ。


 何にせよそこら辺の話はまた今度ということになり……そうして翌日。


 ポチとシャロンとクロコマは、コボルト特有の用事……換毛期に備えての準備があるとかで、俺はネイと二人で二日目の道楽へと出かけることになり……二人でぶらぶらと特に宛もなくそこらの道を歩いていた。


「……秋の道楽か。

 秋というと……やっぱ食欲か?」


 歩きながらなんとなしにそんなことを呟くと、秋らしい紅葉柄の着物を着たネイが半目で言葉を返してくる。


「アンタの場合食欲は一年中のことじゃないの。

 ダンジョンの中でさえ、魔物相手に食べたら美味いだろうかとか、どう食べるかなんてことを考えてるでしょ」


「いや、そんなことは……ねぇ、はずだ、よ」


 アメムシのことを初めて目にした時、わらび餅みてぇだなとは思ったが……食べようとは思わなかったから、問題ねぇはずだ……と、そんなことを考えながらの俺の歯切れの悪い言葉にネイは半目を更に鋭くしてくる。


「そ・れ・に、今日は菊の節句なんだから、道楽をするにしたって菊以外に選択肢なんて無いでしょ」


 鋭い目のネイにそう言われて俺は「あー……」と声を上げて今日が九月九日だったことを思い出す。

 

 菊の節句……寺やらで菊祭りやらをやる日であり、その昔に菊水とかいう長寿の薬が見つかったとかいう伝説にあやかって長寿を願い、祝う日でもある。


「そうかそうか、今日は菊の節句だったか。

 それなら、アレだな、今日は菊酒と栗飯だな!」


 菊水にあやかり長寿を願って菊の花をちらした酒と、季節だからということで栗をたっぷり入れての炊き込み飯、これらを飲んで食うのが俺にとっての菊の節句だったのだが……ネイはそんな俺に対して呆れをたっぷりと含んだため息を吐き出し……眉をひそめてやれやれと言わんばかりに首を左右に振る。


「そんなのは夜よ、夜。

 まだまだお天道様が顔を出している真っ昼間なんだから、酒だとかは後にして、他のことをするに決まってるでしょうに。

 ……アンタみたいな不信心者を賑わう寺に連れて行っても問題だから、今日はこっち……アタシの知り合いの家に行きましょ」


 そう言ってネイは少しだけ歩く速度を速めて俺の前に立ち……脇にある小道の方を指差す。


 その小道の先は行った覚えがねぇというか……特に用事もねぇというか、そんな場所へと繋がっていて……一体どんな知り合いの家の行くつもりなのかと訝しがりつつも、ネイが行きてぇってならそっちに行っとくかと素直に従い、小道へと入る。


「せめぇな……」


 その小道は肩を並べて歩くと、お互いの肩がぶつかってしまうような狭さで、だというのになんとなしに並んで歩いてしまっている俺とネイは、肩というか腕をぶつけ合いながらその先へと歩いていく。


 するとネイは「ああもう!」なんて声を上げて、俺の腕をとって身を寄せて……お互いがぶつかり合わないようにして歩き始めやがる。


 正直そんなことをするなら、前後に並んで歩いた方が良いんじゃねぇかとも思うが、それを言うとなんだかネイが不機嫌になるような予感があったので何も言わずに、素直に従い……ネイに片腕を取られたまま、ネイの歩調に合わせてゆっくりと歩いていく。


 そうして狭い小路を過ぎて、何度か道を曲がると……大きな壁のある、屋敷と言って良い家が見えてきて……ネイはその壁の戸を軽く叩いたと思ったら相手の返事を待つことなく「入るわよー」なんて声を上げて、そのまま中へと入ってしまう。


 流石にそれはどうかと躊躇うものの、ネイに腕を取られている俺もまた壁の中に入ることになり……戸を閉めて少し進んで、屋敷ではなく庭の方へと向かうと……そこには色とりどりの菊が咲き乱れる、畑というか花壇のような場所があり……それを見た俺は思わず「おお!」と声を上げてしまう。


 菊なんてものは正直、この季節になれば町中でも食卓でも当たり前に見かける存在で、特別珍しいものでもねぇのだが、これだけ揃っていると壮観で、色もなんとも鮮やかで、良く見てみれば花それ自体もそこらのものよりうんと大きく、思わず見とれてしまう光景がそこには広がっていた。


「あら、ネイ、いらっしゃー―――」


 と、そこに一人の割烹着姿の若い女性がやってきて、そんな声をかけてきて……その声の途中で黙り込み、そのままこちらを見やって硬直する。


 その視線はネイというよりも、俺とネイ……というか、俺の腕を取るネイの手へと注がれていて、ああ、そういえばそんなことになっていたんだなと俺がそんなことを思う中、ネイは大慌てで手を離し、挙げ句の果てに俺のことを結構な力で突き飛ばし、そうしてから泡を食ったような様子で声を上げる。


「ち、ち、ち、違うのよ!?

 違うのよこれは!?

 こ、ここまでの道が狭かったから仕方なく……!」


 そんなネイの言い訳じみった声に対し、目の前の女性は半目となってにやけ面となって、なんとも乾いた声を返してくる。


「へーへー、そうですかそうですか。

 自慢の菊を見に来てくれるのはありがたいけども、逢瀬の場にされるなんてのはごめんよ?

 独り身にそんな姿見せつけるなんて、目に毒も良い所だし……自宅の庭でいちゃつかれるなんて、たまったもんじゃないからね?」

 

 その声を受けてネイは、大慌ててでその女性の側へと駆けより……親しい友人らしいその女性と、組み合っての押し合いを始めるのだった。

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