第84話 第三ダンジョンの扉


 翌日。


 いつになく贅沢で、全く予想もしていなかった出来事に振り回されてしまった道楽も終わって……道楽が終わったならダンジョンだと俺達は、第三ダンジョンへの入り口のある、あの石室の前へと足を運んでいた。


 石室には新さんこと吉宗様が言っていた通り、入り口に立ち入り禁止との札を下げた柵が設けられていて、見張りまでが立っていて……誰も入り込めないようにと、がっちりと閉鎖がなされている。


 見張りも一人ではなく、人間の職員が二人、コボルトの職員が二人という厳重さで……俺達が近づくと、すんすんと鼻を鳴らしたコボルト達が近づいてくる。


「……すんすん、この匂い……うん、間違いなく犬界さん御一行ですね。

 上様からお話は聞いています。すでに一度ダンジョンに入っているそうで、猪鬼の撃退についても経験済みだそうですね。

 ならあえて説明する必要も無いでしょうが……それでも一応させていただきます。

 一度入ったなら、湧いた猪鬼の駆除はしっかりしておいてくださいね、途中撤退を繰り返すと大変なことになりますので。

 それと演習の日に限っては犬界さん御一行であっても入れませんので、あらかじめ日程の確認をよろしくお願いします。

 ドロップアイテムなどについては通常のダンジョンと同じように扱いますし、こちらで取り上げるとかもありませんので、しっかり回収してきてくださいね」


 鼻を鳴らしながら近づいてきて、変装を疑っているのか俺達の匂いを嗅ぎ回って……俺達の匂いの何処でそう判定したのかは知らねぇが、とにかく俺達が間違いなく本人であることを確認したコボルトが、そんな事を言ってくる。


「おう、了解だ」


 と、俺がそう返し、ポチ達がこくりと頷くと、そのコボルトを始めとした職員達は笑顔で頷いてくれて……柵を脇に動かし、俺達が中に入りやすいようにしてくれる。


 そこを通って石室の中に入って……後はダンジョンの入り口に触れるだけとなって、刀に手をやった俺はポチ達に向けて声を上げる。


「……前回程の数はいねぇだろうが、それでも何体かの猪鬼が四方八方から襲ってくることだろう。

 数が少ねぇのなら普通にやっても勝てるかもしれねぇが……何処から来るか分からねぇ連中を相手にして混戦になって怪我をしましたじゃぁ笑えねぇ。

 今回もクロコマの符術を使ってもらって、安全に攻略していくぞ。

 前回あれだけ稼いだんだしな……今回赤字になったとしても、まぁ仕方ねぇもんだと思って受け入れてくれ」


 そんな俺の言葉に対し、ポチ、シャロン、クロコマの三人はすぐさまにこくりと頷いてくれて……それぞれの得物へと手を伸ばして構えてくれる。


 準備は万全、覚悟も問題ねぇ。

 ならば後は行くだけだと入り口に触れて……歪む視界の中、しっかりと構えて奇襲に備える。


 そうして視界が正されていって……目の前に草原が広がって、こちらに突撃してくる猪鬼の足音がどどどと響いてきて。


「させん!」


 と、声を上げたクロコマが前回同様、弾力の符術を発動させる。


 すると見えない壁が張られて、突撃してきた猪鬼達がそれに阻まれて……その鼻や腹を壁に押しやり歪ませながら、それでも突撃しようとしたり、見えない壁を殴ろうとしたりして、じたばたと醜い暴れっぷりを見せてくる。


「ふはーーーっはっは!

 今回は貴様らのその臭いも弾くように符術を組み上げてきたからな! 

 臭くない、前回と違ってまったく臭くないぞーーー!」


 その様子を見てかクロコマがそんな声を上げ……その声を耳にしながら俺は周囲をぐるりと見回し、猪鬼の数を数える。


「……全部で八体か。

 思っていたよりも少ないが……いや、それでも壁無しで八体に襲われたと思うとゾッとするな。

 図体はでけぇし、勢いはあるし……それなりの装備がなけりゃぁ大怪我もんだ」


 数えてそんな言葉を呟いて……段々とその重さに慣れてきた黒刀を抜き放つ。


 鞘に入れている時も重いが、抜くと一段と重く感じられて……それをゆっくりと構えて、体勢を整える。


「符術はしっかり効いているし、数は少ねぇし、シャロンは薬を温存しておいてくれ。

 この猪鬼共は俺とポチで片付けて……それからダンジョン探索と行こう」


 構えをとった俺がそう言うと、ポチ、シャロン、クロコマはそれぞれ、


「はい!」

「分かりました」

「荒事は任せたぞ」


 と、そんな言葉を返してきて……ポチは小刀を抜き放ち、シャロンは一応いざという時に備えて出口の側に立ち、クロコマは符に手をやって魔力を送り込み続ける。


 そうして戦いが始まった訳だが……相手はたったの八体、前回散々斬り倒した相手。


 すっかりと戦い慣れたのもあり、飽きる程斬ったのもあって、戦いはあっという間に決着することになった。


 俺が五体斬り倒し、ポチが三体斬り倒し……それで決着となって、猪鬼達の体が消えていって……ドロップアイテムがごろんと草原の上に転がる。


 宝石は無し、毛皮製品と武器防具が多めで……それなりの鉄もあるようだ。


 だが今回はドロップアイテムが目的ではねぇし、それらを持ってこのだだっ広い草原を調べるというのも骨が折れるので、それらは入り口側にかき集め、帰りに回収することにし……俺達はそれぞれの獲物を構えたまま、ゆっくりと魔物のいなくなった草原を歩いていく。


 他のダンジョンと違って壁などはなく、シャロンが礫を軽く放り投げてみた感じ天井も無いか、あるいは相当高い位置にあるようだ。


「……見た感じでは扉は見当たらないが……さて」


 と、そんなことを口にしながら更に足を進めて、周囲を見渡すが何もなく……時折後方を見て、入り口とその側に山積みにしたドロップアイテムを見失わないように気を付けながら、前へ前へと進んでいく。


 そんな中でポチ達は、耳をぴんと立てて鼻をすんすんと鳴らして、目に見えない何かがあるのではないかと探ってくれるが……特にこれといったものは無ぇようだ。


「……うーむ、馬が欲しくなるなぁ、馬が。

 それか馬車でも良いんだが……これだけの広さを徒歩で調べるってのはちょいとばかり心が疲れるな」


「そーですねぇ。

 ここがダンジョンでなかったなら、保育園の子達を放って虱潰しに調べ上げるんですが……流石に命の危険がある場所に子供たちを連れてくるのは問題ですよねぇ」


 俺のぼやきにポチがそう返してきて……そいつはいくらなんでも無茶が過ぎるだろうと、そんな言葉を返そうとしたその時、前へと踏み出した足ががすんと何かを踏みつける。


 それは草を踏んだ感触でもなく、土を踏んだ感触でもなく、木製の箱かを踏みつけたような感触で……罠の可能性もあると考えた俺は、ポチ達に「近づくよ」と声をかけてから、抜き放った黒刀の先で慎重に、足が踏みつけた何かの周囲を突いてみる。


 するとこつんこつんとそれなりに固い何かを突いた感触があり……何度突いてみても、結構な範囲を突いてみても、罠らしいものが発動するような様子は無ぇようだ。


 罠ではないのなら、一体俺は何を踏みつけたのやらと訝しがりながら、足と黒刀を動かし、その何かの上にかぶさっている草を払ってみると、そこにあったのは……、


「木の扉か、これ」


 であった。

 四角く、取っ手があって、まるで地下室がそこにあると言わんばかりの扉。


 そう、扉だ。

 今までのダンジョンの扉とは全く違う形ながら、他のダンジョンと同様に不自然で、なんでこんな所にあるんだと言いたくなるような扉。


 それは明らかに親玉がいるだろう、部屋へと続いているもので……その扉を詳しく調べる為に俺は、その取っ手へと……そっと静かに、慎重に手を伸ばすのだった。

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