第76話 無数の


 攻撃開始となってまずはシャロンの投げ紐から放たれた鉄礫が猪鬼の顔へとぶち当たる。


 コボルトの力で投げられたとはいえ投げ紐を使ったなら相応の威力が出るものであり……そうして猪鬼が怯んだところに、ポチが放った刃が襲いかかる。


 魔力でもって刃を放つという、なんとかアーティファクトの小刀を何度も何度も振るい、江戸城に傷をつけたそれが猪鬼のことを凄まじい切れ味で切り裂いていく。


 更にそこにシャロンの鉄礫が再度襲いかかり……ポチとシャロン二人がかりで一匹目の猪鬼が討ち取られる。


 その光景を見やりながら刀を構え……俺も負けてられねぇなと気合を入れてから……目の前の見えねぇ壁に襲いかかっている猪鬼めがけてとんでもねぇ重さの黒刀を振るう。


 相変わらず慣れねぇ重さで、刀はとは思えねぇ代物で……正直な所しっかり振るえておらず、筋もでたらめ、ただただ黒刀を叩きつけたという格好になるが……黒刀の刃の鋭さゆえか、それこそがこの黒刀の力なのか、目の前の猪鬼の体が袈裟斬りによって両断されて……血を吹き出しながら上下バラバラに崩れて倒れ伏す。


 まったくもって未熟な素人剣術のような一撃でこの結果。

 この刀をしっかり振るったならどうなるやらと慄きながら俺は……再度刀を持ち上げ、


「えいこらしょっ!」


 と、そんな声を上げながら刀を振るう。


「もうちょっと真面目に戦ったらどうなんだ、お主は!?」


 そんな俺の態度に思う所があったのだろう、クロコマがそんな声を上げてくるが……俺は構うことなく、技だとか剣筋だとか型だとかにこだわらず、とにかく黒刀を振るうこと、それだけに集中する。


 相手が反撃してくるのであれば、こんな真似絶対に出来ねぇが……今はクロコマの符術がある。

 ならば目の前の……壁の向こうを埋め尽くさんばかりの数で猪突ってきている猪鬼の数を減らすことを優先すべきだろう。


 ……何しろ仮に今クロコマの符術が切れたなら、俺達は確実にこいつらに押しつぶされてしまうのだから。


 もちろん即座に背後にある出口に触れての撤退を試みるが……果たしてそれで間に合うかどうか……。

 怪しく思える程に猪鬼の勢いは凄まじかったのだ。


 刀を三度振り、四度振り、その度に猪鬼の体が両断される。

 俺がそうする間、ポチとシャロンもまた懸命に敵の数を減らしている。


 だというのに数が減った気がしねぇ。

 猪鬼が……肉塊が作り出す壁が薄まらねぇ、壁の向こうがわずかも見えねぇ、草原だったはずのダンジョンの様子が全く見えねぇ。

 

 その上、周囲は猪鬼の放つ凄まじい悪臭に支配されてしまっていて……俺の鼻はとっくに麻痺してしまっていて……コボルト達の鼻も似たような状況となっているようだ。


「よくエルフ達はこのダンジョンを踏破したよなぁ!!」


 そんな声を……悲鳴に近い声を上げながら更に更に黒刀を振るう。


 俺がそうする中、シャロンは投げ紐を上向きに構え、毒薬やら何やらを遠くに……俺達に届くことのないよう、猪鬼の群れの奥の方に投げ込んだりもしているようで、それにより奥の猪鬼はむせるなり、悶えるなりしているようなのだが……それでも連中の勢いは収まらねぇ、数は減らねぇ、相変わらずの勢いのまま壁に殺到している。


「……今夜、床の中に入ったならこの光景を悪夢に見るに違いないぞ。

 まったくなんという醜悪さだ……」


 その光景を見てクロコマがそんな声を上げる中……俺はもう数えるのも嫌になるくらい黒刀を振るい……そうしてから黒刀を地面に突き立て、肩で息をする。


 やっぱりまだまだ振り慣れていねぇ。

 この重さを扱えていねぇ。

 それなりの鍛錬をし、ダンジョンの中で扱ってきたつもりなのだが……それはあくまで休憩しながら、慣れきった雑魚を相手にしてのこと。


 初めて見る相手との連戦となると、まるで使い物にならねぇ有様だった。


「……ああもう、くそったれ。

 ……仮に普通の刀で戦ったとしてもこの数、相手にできたもんじゃねぇぞ!

 というか資料で読んだり、話に聞いたりした数とはあまりに違いすぎねぇか!?

 話では馬防柵なりで対策できるって話だったが……馬防柵程度では無理だろこの数!

 砦や城郭があっても厳しそうだぞ!」


 荒く息を吐き出しながら俺がそんなことを言うと、クロコマが大きな声を返してくる。


「ただの予測で、証拠も何も無い話だが、一つ思い当たることを言って良いか!」


「なんだ!!」


「ダンジョンというのは、毎回毎回魔物が湧き出てくる場なんだろう?

 ワシ達が足を運ぶ度に綺麗に掃除したはずの、倒しきったはずの連中が湧き出てくる場なのだろう?

 ならば仮に……もし仮にだ、ここに足を運びながら、一匹も魔物を倒さずに撤退した場合はどうなるのだ?

 1組目が入った際に10体が湧き出たとして、そのまま倒さずに撤退。2組目が入った際に更に10体、そして倒さずに撤退。

 こんなことを繰り返した結果が、この光景ということにはならんか!」


「……いや、それはねぇはずだ。

 以前別の組を追いかける形でダンジョンに潜った際には、先を行く別の組が掃除してくれたおかげで、一切雑魚がいなくて楽が出来たからな。

 鬼や大アメムシのように一定時間で……一日とか半日、あるいは一刻ごとに再配置されると考えるべきだろう」


「何故ここも同じだと言い切れる!

 第一ダンジョンと第二ダンジョンがそうだったとして、ここも同じ法則だとは限らんのだぞ!

 他では時間で魔物が湧き出すのかもしれんが、ここだけは違うのかもしれん! そこら辺の検証はしてあるのか!」


 肩を揺らしながら、休憩しながらクロコマとそんな言葉を交わしあった俺は……「確かに」と呟き、そのまま沈黙する。


 第三ダンジョンを踏破したものは、はるか昔に調査をしたというエルフやドワーフ達だけ。

 それからは誰も踏破しておらず……俺達がやれ鍛錬だ、第一第二ダンジョン周回だと忙しくしていた間に何組かの連中が挑みはしたそうだが、それも全て失敗に終わったと聞いている。


 すぐに入れてすぐに出られて、比較的安全なここに何度か挑戦したそうで……一体他の連中は何度このダンジョンに挑みやがったのだろうか。


 仮にクロコマの説が正しいのだとして、一回十匹だとして……連中は何度ここに挑んだのだろうか?


 十回、二十回?

 もしかしたら百回? 千回?


 いや、千回は言い過ぎだとしても、何組かが何日かかけて挑んだなら……百回は簡単にこなせてしまいそうだ。


「ってことはなんだ、このダンジョンには今、下手をすると数千の猪鬼がいやがるのか!!」


 そんな声を上げて顔を上げた俺は……自棄混じりに黒刀を握り直して、壁に群がる猪鬼に向けて叩きつける。


 乱暴に力づくに雑に、適当に……何度も何度も。


 そうやって何匹の猪鬼を倒しただろうか。

 ポチは何匹倒してくれただろうか。

 シャロンの毒はどれ程の効果を上げてくれただろうかと考えて……一言。


「て、撤退だ」

 

 と、そんな言葉を口にする。


 数が多すぎる、あまりにも多すぎる。

 クロコマの符術があるとはいえ、このままここで戦い続けていたら疲労で死んでしまいそうだ。


「こ、ここで逃げたらドロップアイテムも何も……稼ぎもなしですよ!

 クロコマさんの符に、シャロンさんの礫に毒薬に……大赤字も大赤字、ひどいことになりますよ!!」


 俺の言葉に対しポチがそんな言葉を返してくるが、それも仕方ねぇ。この数全てを倒してから、ドロップアイテムを回収するなど、八百万の神々であっても不可能なはずだ。


「……はー……全く仕方ない。

 このワシが仲間になったことに、そして符術がこんなにも素晴らしい力を持っていることに深く深く感謝するが良い!!」

 

 と、クロコマがそんなことを言ってきて、俺が何事だと振り返ると、符術を発動させながらのクロコマが、懐から取り出したコボルトクルミをもしゃしゃと食べ始める。


 口の中をクルミでいっぱいにして、顎を激しく動かして、何度も何度も飲み込んでもっしゃもっしゃと。


 そうやって魔力を回復させたらしいクロコマが、新たな符を用意して……壁の符術を維持したまま、新たな符術を発動させる。


「……疲労回復の符術だ!

 これで疲れた先から回復しての疲れ知らずとなるはずだ!

 疲れを知らんのだから、相手が数千だろうが数万だろうがいけるはず……!

 既に二枚も符を使ってしまってえらい出費となってしまったからな……! 絶対にこいつらを倒しきって、ドロップアイテムを手に入れるぞ!!」


 そんな声を上げ、重ねて貼った二枚の符に片手で魔力を送り込みながら、もう片方の手で革袋にたっぷりと入れて持ってきたらしいコボルトクルミをひっつかみ、もっしゃもっしゃと食べるクロコマ。


 その光景をじぃっと見やった俺は……クロコマの腹が裂けてしまう前に決着させるかと、黒刀をしっかりと構えて……猪鬼達へと襲いかかるのだった。

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