第68話 符術師のクロコマ

 

 突然園長室に踏み込んできた黒毛の狩衣姿のコボルトはどうやら先程の試作品を作った符術師であるようだ。


 踏み込んでくるなり俺達や園長に使い心地はどうだった、発動時間はどうだったなんてことを聞いてきて……何度も何度もしつこいくらいに聞いて回ってから、園長に、


「そんなことよりもまずは挨拶をなさい、挨拶を」


 と、促されて黒毛コボルトは渋々といった様子で、俺達に向かって挨拶をし始める。


「わ、分かった分かった、挨拶するから怖い顔を止めておくれ、園長先生……。

 あー……ワシはクロコマ、エルフとドワーフとはまた違った形の、コボルトだけの魔法形態の完成を目指して修行に邁進しているものだ。

 で、先程の試作品はコボルトだけに扱えるよう、コボルトの魔力にだけ反応するように作ったのだがのう……使ってみてどうだった?

 効果は、結果は、使い手はどうなったんだ?」


 と、男のものと思われる低い声での挨拶もそこそこに、何よりも気になっているらしい試作品のことを聞いてくるクロコマ。


 それに対して俺は、仕方ねぇなぁと頭を一掻きし、まずは自己紹介を済ませ、ついでにポチとシャロンの紹介もしてから、その問いの答えを返す。


 効果の程はまぁまぁ、何故だかコボルト臭くて、そして発動させたポチはそこで寝てしまっている。


 そんな俺の答えに対し、うんうんと頷いたクロコマは……下顎にぽふんと肉球を当てながら言葉を返してくる。


「なるほどのう……やはり普段から魔法を使っていないコボルトでは魔力の使いすぎで寝てしまうのがオチか。

 ……そちらのポチ殿は試作品の効果が心地よくて眠ってしまったのではなく、恐らくは魔力の使いすぎで……魔力を使い切ってしまったが為にそうやって眠ることで魔力の回復を図っているのだろうのう。

 ちなみにだがコボルト臭かったのは触媒にコボルトの毛……このワシの毛を使ったがゆえの副作用であるからして、仕方ないものだと受け入れて欲しい。

 なぁに、普段からコボルトと接していれば鼻が慣れてしまって気にならなくなる……はずだ」


 そう言ってクロコマは、鉛筆と紙を取り出し、何かを……恐らくは今しがた聞き知ったことをさらさらと書き記し始める。


 その様子を静かに見守っていた俺は……クロコマの鉛筆の動きが止まったのを見てから声をかける。


「……なぁ、お前さんのその符術ってのはどれ程のことが出来るもんなんだ?

 実は俺達は、上様のご命令であのダンジョンに潜っていてな……そこで怪我をした時のことなんかを考えて、傷を癒やしてくれる魔法と、その魔法の使い手を求めているんだが……」


 その問いかけに対し、ピクリと垂れていた耳を立ててふさふさの黒尻尾を振り回したクロコマは、くわりと目を見開いてから……少しの間何かを考えて……そうしてから言葉を返してくる。


「傷を癒やす……か。

 可能か不可能かという話なら可能ではある。

 可能ではあるのだが……しかしながらその為の符を作る為の条件が厳しく、今のワシには無理だというのが正直な所だろうのう」


「……随分と持って回った言い方をするじゃねぇか。

 その条件ってのは何なんだ? どんな条件を整えたら可能になるんだ?」


「どんな条件かと問われれば、相応の触媒がありさえすれば出来る、というのが答えになるのう。

 ワシの符術は触媒を元にして符を作り上げ、作り上げた符に魔力を込めることで発動するという仕組みになっておる。

 疲労回復ならコボルトの毛か爪、病払いならコボルトクルミといった具合に、求める効果に見合った触媒が必要でな……そして高い効果を求めるならば、相応に質の高い、貴重な品が必要となるのだよ」


「……なるほど?

 つまり回復符術に必要な、それ相応の触媒を手に入れたらそれで良いってことか?」


「まぁ、そうなのだが……その手に入れるというのが問題でのう。

 触媒には魔力を込めることの出来る、魔力に馴染みやすい品を使う必要があるのだが……元々魔力が存在していなかったこちらの世界の品ではそれが不可能なのだよ。

 つまり……異界産の品しか触媒にならないという訳だのう。

 その上触媒にした品は符に取り込まれ符と一体化し、符を使用したなら符と共に消滅してしまうのでな……。

 ……まぁ、なんというか、いちいち市場に出回っている割高の品を買って触媒にしているようでは……金がかかり過ぎてやってられないというか、お財布にとっても優しくないというどうしようもない欠点が符術にはあるのだよ」


 そう言ってクロコマは俺のことをじぃっと見つめてくる。


 その尻尾は先程から変わらず力いっぱいに振り回されていて……クロコマの表情、尻尾の様子から大体のことを察した俺は、なるほどなと頷き……そうしてからクロコマに言葉を返す。


「つまりだ、ダンジョンのドロップアイテムを自らの手で拾って、それを符術用の触媒にするなら、市場に出回っている品を買って使うよりかは金がかからねぇで済むと、そういう訳か。

 で、出来ることなら自分でダンジョンに入って拾いたいもんだが、一人ではそれが難しい。

 だが符術の研究には、修行にはどうしても触媒が必要で……だから一緒にダンジョンに潜ってくれる仲間が欲しいって訳か」


 俺のその言葉に対し、クロコマは尻尾を振り回しながらうんうんと何度も頷いてくる。


 それを見て俺が何も言わずに、すっと右手を差し出すと……その右手をじぃっと見つめたクロコマはその意図を察して、その右手をぽんと俺の右手の上に乗せてくる。


 クロコマの右手を俺が握ってやれば握手が成り、合意が成り……これでクロコマは俺達の仲間って訳だ。


「ところで、クロコマ。

 ポチが寝ているのは魔力が無くなったせいだとかなんとか言っていたが……魔力ってのはどれくらい寝たら回復するものなんだ?

 魔力が回復するまでポチは寝たままなのか?」


 握手をしたまま俺がそう問いかけると、クロコマはにこやかに微笑みながら言葉を返してくる。


「基本的に魔力の回復には一晩の安眠が必要だとされている。

 魔力が回復しきらないうちでも起こせば起きてくれるのだが……魔力が少ない状態だとどうしてもイライラしてしまい、不機嫌極まる状態となってしまうのでオススメはせんのう。

 で、急ぎ起こしたい、魔力を回復させたいという時は……このコボルトクルミを食べさせてやればいい。

 ワシらコボルトは普通に暮らしているだけでも、思考や体の維持や、健康の維持やら何やらに魔力を使ってしまっていてな、段々と魔力が無くなっていってイライラが募っていくことになるのだが……コボルトクルミを食べさえすれば、魔力が補充されてそのイライラが綺麗さっぱりと消えてくれるのだよ。

 ワシらコボルトがコボルトクルミを好むのにはそういった理由があったという訳だのう」


 と、そう言ってクロコマは狩衣の中からコボルトクルミが入っているらしい小袋を取り出し……それを寝ているポチの口の中にぐいぐいと押し込む。


「ごはっ、ごほっ、むはっ、もほほはっ!?」


 するとポチがそんな声を……悲鳴を上げながらもしゃもしゃと口を動かし……ごくんと押し込まれたコボルトクルミを飲み込み……がばっと勢いよく体を起こし、元気な声を上げる。


「これは美味しいコボルトクルミですねぇ!!」


 目覚めの第一声をそんな風に上げたポチは……一体自分がどうして寝ていたのか、どうしてコボルトクルミを口の中に押し込まれたのかも理解しないまま、なんとも呑気にその尻尾を振り回し続けるのだった。

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