第67話 符術
酔狂者の魔法を使えるコボルト探しを早速やってみようと思ったものの……相手は本当に居るのか居ねぇのかも分からねぇような存在であり、仮に何処かに居たとしてもすぐに見つけられるような相手でもねぇだろうとなって……何か手がかりが見つかるまでは、そういった人物を探していると、そういった人員を求めていると、知人友人に報せての情報収集に徹することにした
知人友人という言い方をしてしまうと聞こえは悪いが、吉宗様や幕府の職員や、商人のネイや、道場主である親父といった、その手の情報が入りやすい、これ以上ねぇ面々に網を張れるのだから、悪くない作戦だと言えるだろう。
そうやって情報が入るのを待ちながら俺達は新たな武器の鍛錬と、ダンジョン周回を繰り返す日々を送っていく。
汗をかきながら新しい武器が少しでも身体に馴染むようにと全力での鍛錬をし、出来る限りのドロップアイテムを持ち帰り、更に新しい防具についての話し合いを牧田の下で行い……。
そうして十日程が過ぎた頃、全く予想だにしていなかった、コボルト保育園の職員から俺達の希望に叶うコボルトに心当たりがあるとの連絡が入った。
一体全体なんだってまた保育園からそんな連絡がと驚きつつも、情報を貰えること自体はありがたいと、俺とポチ、シャロンの三人で保育園に向かうと、園長が微笑みながら出迎えてくれて……そうして俺達は子供コボルトの群れをかき分けながら園長室へと向かい、早速そのコボルトについての話を聞く。
「……ふじゅつし?」
中々風情のある座敷となっている園長室へと入り、座卓を囲う形で配置された座布団へと腰を下ろした途端に、園長の口から聞こえてきた単語の意味が分からず俺がそう聞き返すと、園長が茶と茶菓子の支度を整えながら言葉を返してくる。
「はい、符術師です。
ここを出て京の方に修行にいった子が、エルフさんと陰陽師さんに師事したことで編み出した、これまでにない全く新しい魔法のことを符術と言うそうでして……その符術を使う者を符術師と呼ぶそうなのです。
私も詳しいことは知らないのですが……とにかくその子はダンジョンのことを自らが産み出した符術を知らしめるのに都合の良い舞台だと考えているようでして……噂を聞くなり京を発ったそうで、今まさにこちらに向かっている最中らしいのです。
そのことを報せる手紙が届きましたのがつい先日で、そこに犬界さん達が新たな仲間を探しているというお話が聞こえてきまして……これはあの子を紹介する良い機会なのではないかと思って声をかけさせて頂きました」
そう言って園長は俺達の方に、茶碗と茶菓子と……なんとも言い難い、今の今まで目にしたことのない類の、不可思議な文字の書かれた一枚の紙をお盆に乗せて……座卓の上に置き、こちらへと押し出してくる。
茶菓子を口に放り込み、茶碗の中身をぐいと飲み干し……それからその紙を手にとった俺は、一応念の為にとその紙を裏返してみて、裏から見てもその文字を読み取ることが出来ないのを確認してから……ポチなら読めるかもしれないと、その紙をポチに手渡す。
「それはその子が作り出した試作品の一つだそうでして……。
エルフさん達の文字とコボルト文字と、漢字とひらがなとカタカナを混ぜ合わせた結果出来上がった、魔法の力を吸収し保持する文字が書かれた護符……なんだそうです。
その文字に込められた魔法は疲労回復と腰痛改善。
魔法を発動させたい場に貼り付け、下の方にある肉球によく似た印の上にコボルトの手を置いて、魔力を込めると魔法……いえ、符術が発動されるとのことです」
そいつからの手紙を思われる、折りたたまれた紙に目をやりながらの園長の説明に……俺は思わず、
「疲労と腰痛って……温泉かよ」
なんて言葉を漏らしてしまう。
全くもって胡散臭いというか、なんというか……どう返事をしたものか困ってしまうなと頭をかいていると、護符に書かれた文字のことをしげしげと眺め、ふんふんと鼻を鳴らして匂いをかぎ……護符のことを調べていたポチが、何を思ったかその護符を畳の上へと貼り付け、自らの手をその上に置き、
「えい」
と、なんとも軽い声を上げる。
「お、おいこらこの野郎!?
まさかその護符に魔力を込めたんじゃねぇだろうな!?」
慌てて俺がそんな声を上げるが時既に遅し。
ポチの魔力を受けた護符の文字が光を放ち……光が熱と音を放ち、ごうっとの音と共に園長室が光に包まれる。
そうやって園長室を……園長室にいた俺達を包み込んだ光は、その柔らかな熱でもって俺達のことを包み込み……なんとも言えない、独特の感覚を伝えてくる。
温かく柔らかく、ほのかに雨に濡れたコボルト臭い……そんな感覚だ。
光が園長室を支配していたのはほんの一瞬のことで、すぐに光は弱まっていって……そうして光が消えた途端、どくんと体内の何かが唸り声を上げる。
身体が熱いというか温かいというか、むず痒いというか。
血行がよくなっているという確かな感覚があって、腰と肩の周囲にあっただるさのようなものが、溶けるようにして消えていってくれる。
「お、おお……これは中々……」
いきなり訳のわからんもんに魔力を込めるんじゃねぇとの、ポチへの怒りも何処かえと消えていってしまって……俺は思わずそんな声を上げる。
「確かにこれは……良いですね」
老人と言って良い年齢の園長とシャロンも光を受けて心地が良かったのか、良い顔をしていて……護符のすぐ側で護符の力の直撃を受けることになったポチに至っては、なんとも良い顔をしながらだらんと舌を口の外に投げ出し、ぐーすかといびきをかいて眠ってしまっている。
「……よくもまぁこの一瞬で眠れるよな……」
俺がそんな呆れ交じりの言葉をポチに投げかけていると……タタタッと誰かがこちらに駆けて来ているらしい足音が聞こえてきて、
「今の魔力はまさか、試作品の!?」
と、そんな声が園長室の戸の向こうから響き聞こえてくる。
そのすぐ後に戸が乱暴に開け放たれ、そこには一人のコボルトの姿があり……白い狩衣、赤い頭襟といった格好をした黒毛のそいつは、大きく口を開け放ちながらの唖然とした表情を俺達に向けてくるのだった。
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