第43話 アメムシ用装備


「ようするに塩や石灰でアメムシの水分を奪っちまおうと、そういう訳だ。

 なるほどなぁ、斬られることのねぇ水の身体ってのは便利なもんだと思ってたが、そうでもねぇんだなぁ」


「乾燥石灰の場合は発熱の可能性があり、場合によっては発火することもあるので気をつける必要がありますけどね。

 ……燃料を持ち歩いていちいち焼くよりかは楽なのでしょうけど、そのせいでこちらに被害が出ては元も子もありません」


「投与方法を考える必要がないのは助かりましたね。

 ナメクジのように外皮にかければそれで良いとは……良い意味で予想外でした」


 俺、ポチ、シャロンの順番で、資料を前に車座になりながらそう言うと……俺の背後で仁王立ちになっていた牧田が声をかけてくる。


「そいつぁ良かったがなぁ、なんだってまた儂の工房に座り込んでそんな話をしてやがるんだ?

 んなこたぁ家でやりやがれってんだよ、まったく……。

 それにその資料、表紙に極秘って書いてあるように見えるのは、儂の見間違いなのか?」


「なんでと問われりゃぁ、情報室に居座ったままじゃぁ邪魔になっちまうし、牧田の知恵を借りる為、だな。

 有効的な討伐方法が分かったとはいえ、相手は刀の効かねぇ厄介な存在だ。

 しっかりと装備を仕上げて、完璧な準備をした上で挑む必要がある……という訳で牧田、何か良い装備は無いか?

 この極秘資料も必要なら……こっそりと見せてやるのもやぶさかじゃぁねぇぞ」


 くるりと振り返り、物凄い表情をしている牧田に俺がそう返すと……牧田は「許可取ってねぇのかよ」と苦々しく呟き、大きなため息を吐いてから言葉を返してくる。


「資料なんざ見る必要はねぇ、お前らの会話から大体の所は理解出来たからな。

 水みてぇな身体で、斬撃刺突は効果がなくて、打撃がそれなりに有効で、最有力は塩やら石灰やらの毒……というか乾燥剤。

 で、連中の攻撃は消化液が主で、他に攻撃らしい攻撃はしてこねぇ。

 そしてその消化液の成分は酸に近いとされていて、鉄やらガラスは溶かすことができねぇと、そういう訳なんだろ?」


 その言葉に俺達が頷くと、牧田は己の顎をぐいと撫でて……少しの間考え込む。

 

 武具の扱いに詳しく、その作り方に詳しく……更には仕事柄、化学やらの学問にも長けている牧田は、その少しの間で考えをまとめて、すっと目を開く。


「ならまぁ……基本的な装備はそのままで、装備に酸液を弾くような薬液を塗り込んでおいて……後はそうだな、盾でも持ちゃぁ良いんじゃねぇか?

 鉄を溶かせねぇってんなら丸々鉄で拵えるか……それが重すぎるってんなら木やら革やらで拵えたもんを鉄で覆うかしたら良い。

 んで、その盾で消化液を防ぎながら、盾そのもので押しつぶすなり叩き潰すなりすりゃぁ楽に戦えるだろう。

 盾でもって一箇所に押し集めて、そこに石灰を放り込んでまとめて焼き殺すってのも悪くねぇかもな」


 そう言って牧田が、それでどうだ? と言わんばかりの視線を向けてきて、俺達はそれぞれに任せたと言わんばかりの頷きを見せる。


 盾を扱った経験ってのはあまりねぇが、飛んでくる液体を防いだり、盾自身を叩きつけたりするってだけならそう難しいもんでもないだろう。

 

 出来上がる前の数日間、木の板やら鍋の蓋やらを持って道場で訓練をしておけば十分なはずだ。

 

 後は安物でいいから塩と石灰を調達して……シャロンの知恵を借りてそれらを投げやすいよう、使いやすいように仕分けるなり加工するなりしておけば準備は十分だろう。


「装備の方は後で持ってくるから、手入れと薬液の塗り込みの方も頼む。

 他にもなんか良い装備を思いついたら判断は任せるから拵えておいてくれ。

 ……で、支払いの方だが……」


 と、そう言って俺が懐の中から財布を取り出すと、牧田はすかさず手を伸ばして来て財布を奪い取り、中身を改めて……そうしてからなんとも珍しいことに、その中身の大半を残したまま財布を突き返してくる。


 それを受けて、俺が小さな驚きを抱いていると、牧田は呆れ顔で言葉を返してくる。


「たかが薬液を塗るだけと、ただの板でしかない盾なんかを仕上げる程度の仕事で、今までみてぇな大金がかかる訳ねぇだろうが。

 全身を覆う装備を一から仕上げろだとか、作ったこともねぇ装備を作れだとか、無茶な注文をしねぇ限りは、こんなもんで済むもんなんだよ」


 そんな牧田の言葉になるほどなぁと納得しながら財布を受け取ると……牧田はその鋭い視線でもって「邪魔だから出ていきやがれ」とそう伝えてくる。


 それを受けてやれやれと立ち上がった俺達は、工房の外へと足を進めて……そうしてから、さて、どうしたものかと頭を悩ませる。


 十分な道楽を楽しんだ、必要な装備の注文も済ませた。

 だってのにこれ程の銭が余っちまうとはなぁ……。


 三人で分けるとか、今後のために貯蓄しておくとかも手ではあるが……あぶく銭を後生大事に抱え込んでいるというのはどうにも趣味じゃぁねぇなぁ。


 と、そんな俺の悩みを見抜いたらしいポチは、俺の前へとトトトと歩いてきて……俺のことを見上げながら、何処か楽しげに、その心を弾ませた様子を見せながら声をかけてくる。


「狼月さん、宵越しの銭を持ちたくないっていうなら、そのお金はあそこに持っていきましょう。

 久しぶりに顔を出したいですし……皆喜んでくれますよ」


 その言葉にシャロンが一体何のことだろうと首を傾げる中、俺はそいつぁ良い考えだと頷いて……シャロンについてくれば分かるとの視線を送ってから、そこへ行こうと足を踏み出すのだった。

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