第38話 桜と道楽と
結局その日のうちにポチの体調が回復しきることは無かった。
それはそれで穏やかな時間が過ごせるので良いかとなり……俺達はそのまま俺の自室での時を過ごすことにして……そうして翌日。
桜が満開となったとの報を聞いて俺とネイ、ポチとシャロンは、花見にしゃれこもうとあの川べりへと足を運んでいた。
以前来た時と同じ男に銭を渡し、以前と同じござと桜湯と、それと出前弁当の注文を頼んでから、一等地に敷いてもらったござに腰を下ろす。
「しかしネイ、よくもまぁ三日連続で休みが取れたよな、商売の方は問題ないのか?」
腰を下ろし一息ついてからそう言うと、ネイはからからと笑いながら言葉を返してくる。
「元々しばらくは休みを取るつもりだったからね、なんにも問題はないわよ。
……ほら、上様の計画のダンジョン関連特区への出店の話、あれに本腰を入れようと考えていてね、そっちの店と蔵が出来上がるまでは仕事が無いっていうか、開店休業状態っていうか、そんな感じなのよ。
立派な店と立派な蔵を発注して、その店と蔵をいっぱいにする量のダンジョン関連の品物を発注して……。
その投資を確実に成功させる為って意味では、アンタ達とこうしているのも仕事のうちと言えるかもしれないわね」
成功するかどうかも分からないダンジョン特区に、そこまでの投資というか賭けをしてしまうというのは、辣腕とまで言われた商売人のネイらしからぬ行いに思えてしまって……そうして俺が苦い顔をしていると、ネイは一段と明るい表情となって言葉を続けてくる。
「なぁに、廃業寸前だったあの頃を思えば、こんな賭けくらいなんでもないってなもんさ!
このおネイ、無謀な賭けをするほど耄碌しちゃぁいねぇし、アンタ達がダンジョンでぐずぐずしている間に、蔵を十も二十も増やしてやるからね!」
いつもの、商売人としての口調でそう言ったネイは、ぐいとその細腕を……その拳で天を突かんばかりに突き上げる。
それは商売で天下を取ってやると、そう言っているかのようであり……生半可ではないその覚悟と、しっかりと先を見据えているらしい活力に満ちた瞳を見て、安堵した俺は何も言わずに、ござの上に寝転がる。
腕を組んで枕にし、足を組んで楽にして、桜吹雪の舞い散る空をじっと眺める。
そんな俺を見てなのかポチもまた同じ格好で俺の隣に並んできて……そうしてぽかぽかと春の日差しを堪能していると、ネイとシャロンが俺達の頭上であれこれと言葉を交わし始める。
「ところでネイさん、いくつか手に入れたい薬草があるのですけど、お店が開いてからで良いので仕入れてはもらえないでしょうか?」
「もちろん、構わないわよ。
名前が分かればすぐにでも、こういう効能の薬草って曖昧な指定でもなんとかしてあげるわよ」
「ああ、良かった。
では……えっと、口にするのは憚られるので、その、文字の方で……。
これと、これ、それとこれをお願いしたいのですけど」
「……ん? あれ? これって確か毒草じゃぁなかったかしら?」
「ええ、そのまま使った場合は猛毒になるのですけど、うまくすると薬にもなる薬草なんです。
毒のままだとしても、それはそれで使いみちがありますし……お願いします」
「了解。
そういえばシャロンは、ダンジョンで毒の方も使っているんだったわね……。
実際どうなの? ダンジョンの中に居る小鬼に毒の効果の程は」
「効果てきめんでした。
確かにあの小鬼は生き物ではないようなのですが、その在り方と言いますか、呼吸をしている様、血が巡っている様から見ても生き物とほぼ変わらない存在と言って良いかと思います」
「なるほど……ちなみにシャロンの毒って、他にどんな材料を―――」
そんな二人の会話に俺とポチは、桜も見ないでなんて物騒な会話をしてやがるんだと同時にため息を吐く。
風流さに欠けるというかなんというか……これも花より団子ということになるのだろうか?
そんなことを考えて……無言のうちに視線などで内心の共有をした俺とポチは、せめて俺達だけでも散りゆく桜を楽しんでやろうと、そちらに意識を向ける。
青空に舞う桜吹雪という、美しいものと言えばこれだろうという光景を堪能し、そうやってしばしの時を過ごしていると……何やら筆談をしていたらしいネイとシャロンが何を企んでいるのか、俺達に気付かれないように気配を殺し、もぞもぞと動き始める。
気配の殺し方が甘い上に、その動きをござに伝えてしまっている為、ばればれで全く何をしているのかと呆れていると、俺の頭上まで膝をすりながら移動してきたネイが声をかけてくる。
「……ただお弁当を待っているというのも暇だからこっちでもお仕事をしましょうかね」
と、そう言ってネイは手を俺の頭へと伸ばしてきて……俺が抵抗したものかどうしたものかと悩んでいると、凄まじい速さでぐいと俺の頭を掴み、驚く程の力でぐいと頭を引っぱり始める。
「いだだだだ!?」
まさかの攻撃を受けた俺がそんな声を上げながら、どうにか痛さを緩めようと身体を悶えさせていると、その隙をついたとばかりにネイが動きを見せて……引っ張り上げた俺の頭の下にその膝をまるで枕にでもしているかのように差し込んでくる。
どうやらその行為は隣のポチとシャロンの間でも行われているようで……ネイの顔を見上げ、一体何の真似だときつい視線を送っていると、ネイが笑いながら言葉を返してくる。
「ほらほら、演技しなさいよ、演技。
悪い噂の払拭のため、ダンジョンに行けばモテるんだとその身で証明するのもアンタの仕事でしょ?
大人しくこの膝に頭を預けて……貴重な膝枕を貸してあげたこのアタシに深い感謝をしなさいな」
「そうそう、これも道楽の一つですよ」
シャロンまでがそんな言葉で続いてきて……俺とポチは言葉を失って唖然としてしまう。
一体こいつらは何を考えているのか……結局その膝枕が注文した出前弁当が届くその時まで半ば強制的に続けられるのだった。
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