第35話 人形芝居


 あんみつを完食し、次々とやってくる客達に追いやられる形で、しるこ屋を後にした俺達は、さて次は何処へ行ったものかと適当にそこらをうろついていた。


 また何かしょっぱいものを求めて飯屋にでもいくか、それとも他の道楽でもするかと、暖かな日差しの中でゆったりとした時を過ごしていると……店先に長椅子を並べて、色鮮やかな旗を並べている人形芝居屋が視界に入る。


「あ、あのあの……私ああいうお店にあんまり行ったことがなくて、その、どうでしょうか!」


 その賑やかな光景を見るなり、シャロンがそわそわとしながらそう言ってきて、俺が「良いんじゃねぇかな」と言葉を返すと、ポチとネイが続く形で頷いて……そうして良い席を取ろうと駆けていくシャロンの後を追いかけて、並ぶ長椅子の手前の真ん中という最高の席に四人並んで腰を下ろす。


 集金係に金を払い、口寂しくならないように人数分の棒菓子と水出し茶を買って……それから少しの間、ゆったりとしながら待っていると、客達で椅子が埋まり、店の中の舞台が整えられ、人形芝居の幕が開く。


 旗に書かれていた演目は『悲しきも美しい叶わぬ恋』なるもので……主人公とその恋人役を演じるのはコボルトを模した精巧な人形だ。


 こういった人形芝居では客の種族を見て使う人形を変えることが多い。


 実際長椅子に座っている客のほとんどが棒菓子を美味しそうに頬張るコボルト達で……耳や尻尾、眉に口が仕掛けによって細かく動くコボルト人形が、綱吉公以前の時代の親が結婚する相手を決めるという強制結婚による悲劇を演じていく。


 その頃にはまだコボルトは居なかっただろうがとか、無粋な突っ込みは必要ねぇ。

 今や誰にとってもコボルトの居るこの光景こそが、当たり前の日常の光景なんだからな。


『何故、何故拙者達は想い合う者同士で結婚することが出来ないのか!』

『嗚呼、みどもは、みどもはあんな男とは結婚しとうありません!』


 ……なんなんだ、その台詞はとか、そんな突っ込みは必要ねぇ。周囲の誰もが目の前の物語を楽しんでいるのだから。

 ……いや、しかし、どうなんだろうなぁ、その台詞は……。


 そんな感じに進んでいく劇の中にあるような、親が結婚相手を決めるだとか、個人よりも家が優先されるだとかいう考えは、綱吉公の改革『文明開化』によって他の古い考えや文化と共に廃れていった。


 そういった改革と……そもそものコボルトを始めとした異界の住民達の受け入れに反対する抵抗勢力も当然存在していた訳だが……そうした抵抗は受け入れなければ海の向こうのように国が荒れてしまうという危機感と、受け入れることにより得られる様々な実利によって、抵抗勢力は綱吉公が手を打つまでもなく自然消滅していった。


 コボルトという鼻の効く隣人達は、その鼻の力で毒を嗅ぎ分け、懐に忍ばせている武器を嗅ぎ分け、誰と誰がどう繋がっている、いついつ接触したなどの裏の繋がりを嗅ぎ分けることで改革に邁進する綱吉公と、周囲の者達を守り続けてくれた。


 ドワーフという最高の鉱夫であり鍛冶でもあった隣人達は、命を落とすのが当たり前であった鉱山の在り方を大きく改良してくれた上、その鍛冶術でもって様々なものを……今までに存在しなかった道具を、技術を産み出してくれた。


 エルフという農学、薬学に優れた隣人達は、その知識でもって農業と酪農の生産力と安定性を激的に高めてくれて……そしてその薬学でもって疱瘡や麻疹といった流行病を始めとした、様々な病のち療法を確立、人々の寿命を大きく伸ばしてくれた。


 こうした実利を前にして、いつまでも改革反対の声を上げ続けることは、余程のひねくれ者でなければ難しいだろう。


 ……一応ある地方に最後の最後まで抵抗した阿呆が居たには居たのだが、実利を受け入れた地域が凄まじい勢いで発展していく中で、その地域だけが発展せず、その地域だけが流行病に苦しんでいるとなれば、民の反発などもあり抵抗は全く意味を成さなかった。


 その阿呆が五十そこそこで病に倒れて……綱吉公は病知らずで百二歳まで生きたという話は、今や教科書に載る程の有名な逸話となっている。


 その長い人生の中で綱吉公が提唱した『種族が違っても、立場が違っても人は皆平等である』との平等論から、男女平等論、基本的人権論などが発展し……そうした改革は次の代になっても推し進められていって……学校制度の普及、義務教育の開始を経て、高等教育を受けた民達による官僚制からの中央集権化、幕府から立憲幕府制への抜本改革などの流れがあって、今のこの太平の世があるという訳だ。


 そうなる前の、古臭い時代だったなら妹のリンが学校に行くことや、隣に座るネイが商売人として成功するなんてことは、許されていなかったんだろうなぁ……。


 ……と、そんなことを考えていると、人形達の想いが、愛が一気に膨れ上がって爆発し、二人で手を取っての逃避行という結末へと向かっていく。


 逃避行の先にあるのは改革が進み、自由恋愛が推奨され始めた花の大江戸で……いや、こいつらは一体いつの時代の何処に住んでる連中だったんだよとか、そんな突っ込みが俺の中でふつふつと湧き上がってくる……が、周囲のコボルト達が涙を流しながら盛り上がっている様子や、ネイさえもがその目を輝かせている光景を見て、俺はぐっと突っ込みを呑み込む。

 

 そういったことに誰よりも詳しい、理屈家のポチが普通に、素直に劇を楽しんでいるのだから、俺なんかが声を上げるのは無粋に過ぎるだろう。


 そうして何人もの黒子達の凄まじい技術によってまるで生きているかのように動き回った人形達の演劇は、沸き起こる大歓声と拍手の中で幕を閉じるのだった。


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