第16話 終着の先
鉄菱を一つ残らず拾い集めた俺達は、広場の奥にある道へと進み、ダンジョンの奥へ奥へと、ずんずんと足を進めていった。
その道は右に曲がったり左に曲がったり、あるいはくねくねと曲線を描いていたり、左右に別れたりとしていて、その都度俺達は最大限の警戒しながら慎重に慎重に足を進めていって……順調過ぎるほど順調にダンジョンを踏破していったのだった。
勿論その間、小鬼達が次から次へと姿を見せてきたのだが、一度勝ったのが良かったのか、それとも休憩したのが良かったのか……ある種の開き直りと経験を得た俺達の相手ではなく、鎧袖一触といった様子で全く苦戦することはなかった。
刃こぼれしたとしても構いやしない、折れたとしても構いやしない。
そうなったらそうなったで、その時に改めてどうするのかを考えれば良い。
そんな思い切りでもって刀を振るうと不思議と刀が盾や鎧兜を避けてくれて、すんなりと小鬼の身体を切り裂いてくれたのだ。
無駄な力が抜けた結果か、今日までの鍛錬の成果か……最早小鬼達は俺達の敵ではなく、一切の怪我をすることなく、一度も攻撃を受けることなく、俺達は勝利し続けることになったのだった。
そうしてどれ程の時間が経っただろうか。
いくつもの通路を通り、いくつもの広場を過ぎ、何十匹という小鬼達に勝利して……俺達はそれまでの広場とは段違いに広く、木漏れ日と花々に囲まれた……先に進む道の無い、行き止まりの広場へと到達した。
……どうやらこのダンジョンはここが終着であるらしい。
周囲を警戒しても小鬼達の気配はなく、これといった仕掛けのようなものもねぇようで……俺達は一旦そこで足を止めて、先程の休憩のように背中合わせに腰を下ろし、休憩をしながらここまでの戦利品、ドロップアイテムの確認と整理をし始めた。
「えーっと……錆びた鉄製のスプーンに、錆びている上に先の折れ曲がった鉄製のフォーク。
ぼろぼろで髪の毛すら切れそうにないナイフに、最初の蓋にそっくりの蓋が続けて三個……。
それらの蓋と全く大きさが合わない錆びた香炉に……よく分からない赤色の石が一つ」
それぞれの鞄にしまってあったドロップアイテムを取り出し、それが何であるかの再確認をし、それらの名前を目録に書き記しながら、一つ一つ丁寧に読み上げていくポチ。
……いやはやまったく、物の見事にごみばかりと言うか、碌でもない物しかないなぁ。
「このダンジョンの探索と研究は、最初期の頃に行われて、そしてすぐにうち切られたそうだが、それも納得の内容だな。
あちらの世界に行けるような不可思議な力など全く感じねぇ、なんでもねぇただの獣道、小鬼達の巣窟だ。
それらのドロップアイテムも、小鬼達の蒐集(しゅうしゅう)品だとか、生活に使っていた品だとか、そういう物なんだろうよ」
と、作業の手を進めながら俺がそう言うと、ポチもまた作業の手を進めながら言葉を返してくれる。
「……でしょうねぇ。
小鬼達の兜や鎧の様子からしても、研ぎだとか手入れだとかの知識は持っていなさそうですし……人里からこれらの品を盗んで、自らの生活に使って、そうして使い潰したってことなのでしょうね。
しかしなんだってまたそれらの品々が、ドロップアイテムなんて形でこちらの世界にやってくるのでしょうねぇ」
「さてなぁ……。
どれもこれもごみのような品……ってことで、あちらの世界の何者かがこちらの世界に捨てているってのはどうだ?
ここは異界のごみ捨て場で、それがたまたま江戸城と繋がっちまったー……とか」
「それは……無いと思いたいですねぇ。
仮にそれが事実だとして、そんなことを繰り返していたら、あちらの世界から鉄やら何やらがどんどんと失われていって、何も無い世界になっちゃいますよ」
「あるいは、それが目的なのかもなぁ。
まずは異界の住人をこっちに引っ越しさせて、次に物を寄越していって、そうしてからあっちの世界を潰してしまう……とか、そういう目論見ってのはどうだ?」
「うぅん、仮にそれが正しいのだとした場合、では何故人間達はこちらに来ないのかという話になっちゃいそうですね。
エルフさん達は、あちらの世界の排他的な人間達が、なんらかの呪法でもって自分達や僕達のご先祖様をあちらから追い出したと考えているそうで……そちらのほうがまだ説得力がありますね」
「ならば全ては、その呪法の余波のせいってのはどうだ。
余波でダンジョンが出来て、余波で物までがこっちに来ている。
小鬼達はあれだ、呪法が失敗したか何かで半端に……魂だけでこっちに来ちまって、それでああして霞(かすみ)のような存在になっちまったとか」
「あ~……割と説得力はありますね。
何の確証も無いので支持は出来ませんけども」
「おいおい、それを言っちゃぁおしまいだろうが」
そんなことを言い合いながら俺達はドロップアイテムの再確認を終えて、それらを鞄に丁寧にしまい込んでいく。
そうしてから水分補給をし、干し飯や干し芋やらを口に入れて、疲れた心と体を癒やし―――
「―――はぁ!?
な、何なんですか、あれは!?」
と、その途中でポチの悲鳴のような声が響いてくる。
俺はすぐ様に立ち上がって振り返り、まずポチの安全とその様子を確認し、そして次にポチの視線の先を確認した俺は、ポチと同様の
「は、はぁ!?」
との悲鳴を上げてしまう。
この広場に立ち入った際に俺達は、広場の内部も周囲も、ありとあらゆる場所を徹底的に調べた。
その際に、アレがソコにあったならば間違いなく俺達はその存在に気付いていたはずだ。
気付いていなかったということは、その際にはソコにアレは無かったはずで……つまりアレは俺達がドロップアイテムを確認したり、休憩したりしている間にアレが『生えて』きたって訳か……。
「いやいやいやいや……なんでここに『ドア』なんですか!?
森の中に突然ドアって……一体全体このダンジョンはどういうつもりなんですか!?
もう少し取り合わせというか、相性ってものを考えてくださいよ!!」
ソレを睨んで、そんな訳の分からない突っ込みを入れるポチ。
……が、言いたい気持ちはよく分かる。
エルフ達やドワーフ達がもたらした異界風の意匠の木製ドアが、どでんとそこに立っていたのだ。
ポチでなくても突っ込みを入れたくなるというものだろう。
「ど、どうするよ。アレを開いたら何があるのか、何が起こるのか……確かめてみるべき、か?
……ただこう、凄まじいまでの嫌な予感がするんだよな、ドアってのが特にそう思わせてくる。
何処かとんでもねぇ所に繋がってるだとか、とんでもねぇものがドアの向こうからやってくるとか、そんな予感がしてならねぇ」
「全くもって同感です。
吉宗様から受け取った資料にはドアのことなんて一切何も書かれていませんでした。
と、いうことは新発見ということにはなるのですが、何が起こるか分からない以上、迂闊な手出しはしたくないですね。
……ただ仮に、あのドアに触れずに帰還したとして、またあのドアに出会えるって保障は無いわけでして……これが最初で最後の機会であるという可能性も否定できません」
そんなポチの言葉を噛み締めた俺は、ごくりと生唾を飲んで……ポチの顔をじっと見つめる。
するとポチは調べてみたいとの、好奇心でいっぱいの表情をこちらに向けてきて……その顔を受けて俺はこくりと頷く。
「正直俺は、異界に行くだのといったことに興味はねぇんだが……未だに帰りたがっているエルフやドワーフ達のことを思うと、な。
何百年って寿命を抱えながら帰ることの出来ない故郷に思い焦がれ続けるってのは、地獄の苦しみなんだろうしなぁ……」
「……まさかこんなドアであちらに行けるなんて、そんなことは無いとは思いますが、何らかの糸口は得られるかもしれませんね」
そんな言い訳を口にした俺達は、胸の奥で弾み踊る好奇心をぐっと抑え込みながら、まずは広げていたドロップアイテムを丁寧にしまい込み、鞄を背負い直し……戦いへの備えと、いつでも逃げられるようにとの備えを整える。
そうやって充分な備えをしてから、恐る恐る広場の隅、壁際にあるドアへと近付いていって……まずはその横側、裏側に何があるのかを確かめようとする。
……が、不思議な力でもってドアの裏に歩を進めることは出来ず、その裏側を覗くことも出来ない。
距離を取ってから鉄菱を投げつけてみても傷は付かず……何度投げつけてみても全く無傷のままで、どうやら破壊なども出来ないようだ。
で、あれば仕方なしと、ポチに向かって合図をした俺は、ポチの了承の合図を受けてから、そのドアノブをがしりと握るのだった。
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