第8話 具足師


 翌日の朝食後。


 その小柄さと足の速さを活かして、すばしっこく駆け回るポチとの激闘の果てに、引っかき傷まみれとなった俺と、最後の最後で俺に捕まってしまい、その体毛の所々を毟られて情けない姿となったポチは、親父に紹介して貰った具足師の工房へと足を運んでいた。


 牧田との表札を下げた大きな門を構え、大きな塀に覆われたその工房は、立派な庭を構える大屋敷の奥にあり、板張りの大広間と言った様子のそこでは白装束烏帽子姿の具足師達が一切の無駄口を叩かずに粛々と作業に勤しんでいる。


 一人は吊るした鎧を仕立てていて、一人は口に針糸を咥えながら兜を仕立てていて、一人は何かの鉄具を懸命に研ぎ、一人は漆と思われる液体を慎重に溶いていて。

 更には何人かのコボルト達がそこかしこにいて……具足師達の手伝いや、小さな細工仕事や、銀の不要な部分だけを腐らせての銀細工造りなどに精を出している。


 戦国の世が終わり、実用的な意味よりも飾り的な意味合いが強くなった具足だが、それでも需要はあるようで、造りかけの具足の数を見る限りかなり繁盛しているようだ。


 そんな具足師達の仕事を俺とポチがしげしげと眺めていると、工房の奥から立派な白ひげを構えた烏帽子姿の老人が姿を見せる。


 老人はぎょろりとした目で俺とポチのことを睨みつけてきて……そうしてから「ふんっ」と鼻息を吐き出し、こっちに来いとばかりにその顎をしゃくり上げてくる。


 その仕草に従い俺達が老人の方へと進むと、老人は工房の奥へと足を向け、そのまま俺達を先導する形で工房と廊下で繋がっている大屋敷の客間へと足を進める。


 そうして客間の奥にどかんと腰を下ろした老人は、俺達が腰を落ち着けるのを待たずに、顎ひげをぐいと撫でて大きな声を上げる。


「細かい話は昨日、お前達がその馬鹿傷を作っている間に、犬界……お前の親父から聞いた! 資料とやらにも目を通した!!

 このご時世に実戦用の、化け物共と戦う為の具足……いや、防具が欲しいそうだな!

 実に馬鹿げた話だ、実にふざけた話だ、伝統ある具足師、牧田家にそんな話を持ち込んでくるとはなぁ!!」


 満面の笑みでそう言った老人は「がはははは」と大笑いし、そうしてから右手の平をこちらに突き出してくる。


 その手の平の意味が分からず、いきなりの大声に唖然としてしまっていた俺とポチが首を傾げていると、老人は「銭を寄越せ!」と大きな声を張り上げる。


 その声に促されるまま、俺が用意した金銭……俺とポチ、二人分の予算の全ての入った包を取り出すと、老人はそれを強引に奪い取り、重さを確かめてから白装束の中へとしまい込む。


「たったこれだけか! たーったのこれだけか!

 これで二人分の防具をこしらえろとは舐められたものよ! これでは飾りも漆も無しだわなぁ!! 

 ……だがまぁ、どわあふ共を頼らずにこの儂……牧田鉄志まきたてつじを頼ろうとしたことに免じてそれなりのものは拵えてやろう」


 牧田と名乗った老人はそう言って、懐から絵図の書かれた二枚の紙を取り出し、ようやく腰を落ち着けた俺とポチに一枚ずつ手渡してくる。


 そこには俺とポチのものと思われる防具の完成図が描かれていて……お互いの絵図を見せ合いながら俺達は、昨日の今日でこの絵図を仕上げたのかと驚き、何も言えなくなってしまう。


「デカブツ! お前の防具は全身を隙間なく包む革仕上げだ!

 だんじょんとやらでの動きやすさを考慮して、滑らかな動きを許す繋ぎ合わせをし、長時間になるだろう探索を考慮しての通気性も考慮してある!

 その上で鉢金を巻いて、つま先、足の腱、腕の腱、股間やら腹のそこかしこに鉄板を仕込み、最低限の防御力を確保してやるからな……今の所はこれで満足せい!!

 鎖帷子だなんだといった、上等な品は銭をもっともっと持って来たなら作ってやらんでもないが、今の時点では論外だ!」


 牧田の言葉の通り、俺が受け取った絵図には革製と思われる無骨な鎧に、手首から肩までの長手袋に、つま先から膝までどころか太ももまで覆う革長靴が描かれている。


 雨避け用のそれによく似た頭巾と一体化したような外套も描かれていることを見ると、この頭巾と外套も防具の一部であるようだ。


「ちっこいの! お前の方も革仕上げだ!

 ただし、そっちのデカブツとは違って鉄板やらは仕込まねぇぞ!

 ……どうしてなのかは言わんでも分かると思うが……一応説明しておこう!

 お前達コボルトの強みはそのちっこさとすばしっこさだ! それを阻害する防具なんざぁ着ない方がマシってもんだ!

 いっそのこと布で拵えてやろうかとも思ったが……うちのコボルト達に良い案があるってんでな、それを採用した形だ。

 薄く軽く仕上げた二枚の革を、薬液を挟む形で張り合わせて、強度を増させるとかなんとか……ま、言ってしまえば新案の実験作になるな!

 とは言え同胞達がお前の活躍を祈っての案だからな、悪いものにはならねぇはずだ!」


 ポチが受け取った絵図には、革の防具と言うよりも、革の羽織と言った方が適当そうな品が描かれていて、その滑らかな造りを見るに敵の攻撃を受けるというよりも、受け流し、滑らせるような意図が込められているようだ。


 靴も長くは無くその足だけを覆う形で、外套や頭巾も無い。

 ……ああでも、一応この鉢金が頭の防具ということになるのか。


「うちで働くコボルト達に詳しい話を聞いてみたんだが、その鼻とヒゲと、耳を何かで覆っちまうと感覚が鈍っちまうそうだな?

 ならば頭に余計な防具はいらねぇ、鉢金だけ巻きつけて、後は己の感覚を信じて駆け回りやがれ!

 攻撃を食らわなければそもそも防具なんかはいらねぇんだからな!!」


 そう言って牧田は再び「がはは」と笑い……笑い終えるなり立ち上がって、客間の入り口へと足を進め、こちらに顔だけを振り向かせる。


「完成したら使いをやるが……五日で出来上がると考えておけ!

 ……それとだ、見ての通り今回仕上げる防具は、いくら手をかけたところで所詮は革の……初等防具だ。

 鬼やら熊やらの一撃はまずをもって受けられねぇだろう。

 狼でもどうだかな……狐や小鬼がせいぜいと思って相手を選ぶようにしろよ。

 これ以上の品が欲しけりゃ銭を積め、銀や金の持ち込みでも構わねぇぞ。

 ……それと、だ、だんじょん産の鉱物を持ってくりゃぁそれで拵えてやらんでもない。

 上様ばかりにでなく、いくらかを儂らに回してくれても罰は当たらんと思うぜ」


 言い終えるなり牧田は片手を上げて、その手をふらふらと振り……そうして工房の方へと立ち去ってしまう。


 怒涛の如く、という言葉がふさわしい牧田の在り方に呆然としてしまっていた俺は、


「……ドワーフの工房と相見積もりして、安い方を選ぶ予定だったのですけどねぇ」


 と、ぽつりと呟かれたポチの一言で覚醒し、大慌てでポチの口を塞ぐ。

 ……まさかこの距離で聞こえるとも思えないが、それでも念の為だ。


「……絵図を見る限り思っていた以上に良い品を作ってくれそうだし、折角やる気になってくれている所にわざわざ水を差す必要は無いだろう。

 紹介してくれた親父の顔を立てる意味でもこのまま進めて貰うとしよう」


 ポチの耳に口を近付け、出来る限りの小さい声でそう囁くとポチは何も言わずに、素直に頷いてくれる。


 そうして俺とポチは牧田の指示を受けてか、慌ただしくなり始めた工房をそそくさと後にし、旅具を揃えるためにと、東海道と接続する宿場街へと足を向けるのだった。





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