第6話 名代として


 極秘と書かれた表紙を捲った、最初のページにあったのは精緻に描かれた黒い船の絵だった。


 鋭く上向いた船首を構えて、船体の前後には小さいように思える帆があり、船体の中央にはなぜか筒が立ててあり……その絵の下にはその船の名前と、説明が記してある。



 鉄鋼蒸気帆船 『黒船』


 ―――船体は木材ではなく鉄鋼でもって組み上げ、蒸気機関を搭載し、帆は緊急用の予備とする。

 船体の前後左右に砲を設置するだけでなく、船上には土台ごと回転可能の一尺大砲を設置し―――。



「鉄鋼……?」

「蒸気帆船……!?」


 その名前と、長々と続く説明の一部を呼んだ俺とポチは、そんな声を上げながら吉宗様へと視線を向けて……吉宗様はそんな俺達に対し、なんとも良い笑顔を向けてくる。


「どうでぇ、驚いただろう?」


 してやったりと言わんばかりの吉宗様に対し、俺は呆れながら、ポチは慌てながら言葉を返す。


「こんなのを見れば誰だって驚くでしょう」

「と、言いますかこの蒸気って、まさかあの蒸気機関のことですか!? 一体何を考えて……!!」


「わっはっは。

 ポバンカ、お前の言わんとしていることは余も重々承知している。

 だからまずは余の話を聞け。

 ……お前達、この日の本以外の国が今、どうなっているかは勿論知っているよな?」


「それは勿論、話に聞く程度には……」

「海の向こうでもひび割れが現れて、異界からの客人達が現れて……その結果、大混乱に陥り、戦国の世以上の有様になっているとか」


「ああ、その通りだ。

 綱吉様のような名君に恵まれて、コボルトやエルフ、ドワーフのような理性ある友人に恵まれたのはこの国だけのこと。

 異界の客人の存在を受け入れられず、受け入れようとしても相手に理性がなく、あるいは周辺国の事情などが影響して受け入れることが出来ず……そうやって世界のほとんどが大混乱に陥ってしまっている。

 余が把握している世界の国の、九分九厘がそんな有様だ」


 そう言って吉宗様は、自らの背後にあった文箱を手に取り、中からこの世界の様子を記した地図を取り出し、俺達が見ることの出来るように広げてくれる。


 そこに記された国の大半が赤く染められていて……つまりはそういうことなのだろう。


「そんな世界の状況に対し幕府は使者を派遣し、各国と異界の客人の双方に接触し、和平と融和をと促して来たのだが……状況は良くなるどころか悪化の一途をたどるばかり。

 最近では一切の耳を貸さず使者を門前払いするのが当たり前、酷い所では使者を見るなり攻撃を仕掛けてくるような国まである有様だ。

 ……だが、それでも余と幕府は和平と融和の道を諦めるつもりはない。

 綱吉様の想いを広げたいという気持ちも勿論あるが……それよりも何よりも、江戸の世が謳歌している豊かさと清福さを世界に……世界中に住まう人々の下へと届けてやりたいのだ」


 真摯に引き締めた表情で、いつになく真剣な声でもってそう言う吉宗様に、俺とポチは静かに頷いて、俺達も同じ想いですと伝える。


「そこで余は考えた。

 どうしたら酷い状況にある各国に話を聞いて貰えるかと、どうしたら和平の道へと促すことが出来るかと。

 ……その答えがこの『黒船』だ!

 太平の世の中で磨かれた技術の粋を結集したこの黒船を何隻か……十隻程を建造し、話を聞いてくれぬ各国に見せつけるのさ。

 そうして主砲をどかんとやれば、各国の要人達も先程のお前達のように驚いてくれるに違いない!

 そうやって半ば無理矢理に聞く耳を持たせてやれば、いくつかの国が和平の道を考えてくれるはず。

 更には黒船に乗せてやって、この江戸の街並みを見せつけてやればきっと……いや、絶対に上手くいくはずだ!」


 握り込んだ拳を振り上げたり、胸元にぐっと引き寄せたりしながら、熱く語る吉宗様。

 中々見ることの出来ないその姿に、俺が深く感じ入っていると、シワを鼻筋に寄せて苦い顔をしているポチが声を上げる。


「……吉宗様のお気持ちはよく分かります。

 黒船の有効性もお言葉の通りなのでしょう。

 しかしその為に禁忌である蒸気機関に手を出すというのは、如何なものでしょうか」


 両手を膝の前につき、前傾姿勢となりながらそう言うポチに、吉宗様は良く言ったと言わんばかりの笑顔となって深く頷く。


「ポバンカ、お前の言う通りだ。

 ドワーフ達の来訪で一気に発展した技術の中から生み出されることになった蒸気機関は、普及を許してしまえば、燃料として多くの木々が伐採されてしまうのと、その排煙で空を酷く汚してしまうからと綱吉様が禁忌に指定したものだ。

 自然を深く愛するエルフとの共存を続けるという意味でも、安易に手を出して良いものではない。

 ……とは言え世界の状況をこのままにしておく訳にもいかん。

 ならばどうするのか……ま、話は簡単だな、蒸気機関に問題があるのであれば、その問題を解決してしまえば良い」


 吉宗様はそう言いながら手仕草でもって手元の紙束の頁を捲れと促してくる。

 促されるまま捲ってみると、そこには何かの図面が……やたらと歪曲した、複雑な形をした部品の姿が描かれている。


「黒船の建造は、江戸前埋立地に建築予定の造船工廠で進めていく。

 それと同時に蒸気機関の改良と、新たな機関の研究開発も進めていく。

 最悪は黒船だけを禁忌の例外としての蒸気機関の解禁、最善は新たな機関を導入しての新型黒船の建造ということになるな。

 ……そして、だ、ここでようやく話が先程のダンジョンとドロップアイテムの話に戻る」


 そう言って吉宗様は先程投げて寄越した金属の塊……ミスリルとか言う名のそれを人差し指でもって指し示す。


「その図面はな、今まさに研究が進められているミスリルを使っての魔力機関の図面なんだよ。

 たったのこれっぽっちでは造れないが、山のようなミスリルがあればまず間違いなく完成に到れるそうでな……完成したなら蒸気機関よりも力があって、燃料や排煙とった問題の無い機関となるそうだ。

 ……つまりはその山のようなミスリルを手に入れる為のダンジョンの解禁って訳だな。

 何もミスリルに限ったことではない、異界には他にも様々な、未知の金属やら何やらが存在している。

 それらを手に入れることで全く新しい、未知の技術が開発されるかも知れんし、未知の薬草で薬学やら科学やらが発展するかも知れんし……その先に、今あるのとは全く別の、新しい道が見つかることもあるかも知れん」


 今までも幕府はダンジョンの調査を進めていた。

 その中で目の前にあるようなミスリルなどを手に入れていた。

 しかしそれでは……そんな入手の仕方では全く数が足りず、そういう事情で人々をダンジョンに駆り立てようと考えたのか。


 そして俺達は―――。


「お前達は余の名代だ。

 ……余が自らダンジョンに赴ければ話は早いのだが、そういう訳にもいかんのでな。

 余の代わりとなって、人々に範を示してやってくれ!」


 力の込められた吉宗様のその命に対し、俺とポチは頭を深く下げながら、異口同音に


『御意!』


 と、吉宗様以上の力を込めた言葉を返すのだった。





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