第83話 文化祭と裏イベント 7
「すぐに階段を下るってのは嫌だ」
追いかけてくる大男と遭遇するかもしれないと羽崎が即座に言う。
「じゃあここらの探索でもするか? 窓が開いてても三階からでるのは無謀だが」
「一応調べていこうぜ。最後の手段としてロープで地上に降りる方法もありだ」
白間が言ったそれに、本当に最後の手段だなと館花はげんなりとした表情を隠さない。
方針を決めて三人は立ち上がる。まだ恐怖が残っているのか、わずかに足が震えていた。
「ロープ使うんなら、屋上からでも一緒じゃないか? 鍵を持ってきたし開くだろうから一応見てみようぜ」
館花はそう言いつつポケットを探り、鍵を取り出す。屋上の鍵は自分が持っていたはずだが、鍵の中には屋上の札のついたものはなかった。おかしいなと二人に持っているか聞く。
二人も鍵を取り出して、見ていくか屋上の鍵はなかった。
「まさか逃げてくるときに落としたか」
館花が舌打ちし、羽崎は顔を青ざめて探しに行くのは嫌だと言う。
「俺も行きたくねえよ。とりあえず逃げてきたルートのどこかにあるだろうから、確認だけしたい」
どう走ったか三人は話し合って、自身の記憶に間違いがないことを確認した。あとでそこにいったとき探すことにして、今はスマートフォンの明かりで階段を見える範囲で探し、落ちていないかだけの確認をした。二階と三階の間の踊り場まで見たが落ちてはいなかった。
すぐに見つからないことに溜息を吐いて、三人は窓の開閉とロープの有無を目的に三階を探索する。
三人はこのあとも幽霊による被害にあい怪我をしたり、ぼろくなった棚の崩壊でホルマリンを浴びたり、もろくなった壁を壊し現れた大男から逃げたりと心休まる間もなく探索を続けていった。
白間たちが右往左往し怖がる様子を山岸はミニバザーの販売員をやりながら見ていた。
白間たちがサボっていると考えたクラスメイトによって三人の分の作業時間を押し付けられたが、にこやかに客の相手をする山岸は客からの印象が良かった。
それは客商売を楽しんでいるわけではなく、三人の怖がり右往左往する様子が爽快だったからだが、事情を知らない客には今を楽しんで笑顔で対応する好青年と感じれたのだ。
客から「頑張っているな」などと声をかけられる山岸とそうではないクラスメイト。その差にクラスメイトは、自分たちはいじめられっ子以下なのではと感じられて、自然と客への対応に気合いが入る。これでミニバザーの評価が上がったのだから、なにが功を奏するのかわからない。
そのまま文化祭一日目が終わり、掃除などが行われる。
ホームルームでは白間たちは浮かれて教室に帰ってきていないと魔法によって誤魔化され、この場にいないことにたいして疑問を抱かれない。将義によって白間たちの家族にも魔法はかけられて帰宅していないことを疑問に思われないようになっている。
そして文化祭二日目も山岸は白間たちの様子を見ながら上機嫌でミニバザーにきた客に対応していく。
白間たちは交代で見張りを立てて夜を過ごしたようで、十分な休みをとれず不機嫌な様子だ。見つけた水や食べ物も不味く腹を壊さなかったことを喜ぶ余裕もない。しかも昨日の食料探しの際に羽崎が再び一人で逃げ出すことがあり、白間が我慢できなかったようで追及し、両者の雰囲気が寝て起きてもギスギスしたままだった。それでもなんとか館花が取り持って探索を再開し、今日も幽霊や大男に被害を受けつつ、ロープが置かれているという物置の鍵を探すため動き出していた。
◇
将義たちのクラスは一日目を問題なく過ごし、二日目も慣れた様子で過ごしていた。
昨日来た生徒の客からは種類を増やしてほしいという希望が上がっていた。それに関して放課後に一品くらい増やすかと話し合いが行われたが、なしという判断が下された。慣れてきたからといって手間を増やすとミスがでてくるだろうと意見が出て、問題の起きない現状維持ということになった。
かわりといってはなんだが、最終候補に挙がった二つを含めた五つのレシピを注意点など加筆し、大きな紙に書いて壁にはり、各家庭でどうぞという対応になった。
ホットプレートでできるならと、スマートフォンに記録を残す者が多かった。
順調に時間が流れていき、昼前に未子たちがやってくる。
「こんにちはー」
そう言って教室に入る未子たちにクラスメイトたちは次々と「久しぶり」と笑顔で返していく。
「未子ちゃんたちこっちにおいで」「来るって聞いて楽しみにしてんだよ」「おーっ灯ちゃんが元気になってる」「マーナさん相変わらず綺麗だけどおとなしめだな? メイクとかそういった方向にしてるのかな」
手招きするクラスメイトたちは作業場に座れるスペースを作っていた。
よく来たねとクラスメイトたちは未子たちに声をかけていき、ほかのクラスで買っていた甘いものを焼きおにぎりと一緒に机に置く。発電機がただになって浮いた分の費用を品質向上以外に、こっちにあてたのだ。
いいのかと遠慮する様子を未子たちは見せていたが、クラスメイトたちは気にするなと笑顔で勧めて、それならばと受け取る。
さっそく焼きおにぎりを頬張った未子たちから美味しいという感想を得られると、クラスメイトたちはハイタッチを決めていく。
作業を行いながらクラスメイトたちは、どこの出し物がお勧めなのかといった情報や感想を話していく。
十分すぎる歓待を受けた未子たちは礼を言い、ほかの出し物を見るため去っていった。
午後一時を過ぎると準備していた米などがほぼなくなり、追加するか簡単に話し合い、今いる客でオーダーストップすることになる。
完売だと廊下に出て告げて、客足を止めて今いる客に売ると、教室外の張り紙などをはがして完売と書かれた紙を貼り終了を知らせる。
文化祭終了まであと一時間半で客足も減っていたため、問題なく終わることができた。
「お疲れー」「そっちもお疲れー」「余った米は、文化祭終了後に皆で食べるってことでいいな?」「いいぞー」
互いに成功を祝いながら、片付けをゆっくり進めていく。焼きおにぎりレシピを教室内から廊下に移動させて、飾り付けなどを外していく。
仁雄は陽子と一緒に金銭処理を行っていて、片付けは藤木が主導している。大きく儲けがでたわけではないが、皆に予算として集めたお金を返せるくらいの黒字だろうと仁雄と陽子は計算しながら予測していた。
そうしているうちに文化祭終了三十分前を知らせるアナウンスが流れて、校外からの客に帰還を促す。
『午後三時になりました。現時刻を持ちまして大木島高校文化祭は終了となります。校内に残っている来客の皆様は下校をお願いします。生徒の皆さんは片付け掃除をお願いします』
この高校は後夜祭はないが、午後六時半まで校内での打ち上げを認めている。そのかわり打ち上げに残った者はもう一度片付けを行う必要がある。
将義たちのクラスも掃除をする者と打ち上げ用の買い出しに出る者で別れて作業を進めていく。
打ち上げ予算は各自に返すお金から出すことで皆から承諾を得ており、仁雄がその分のお金を買い出し人員に渡す。
お菓子やパンやジュースを買って帰ってくる頃には、教室と廊下の掃除を終えていて、運び出していた机なども元に戻していた。大助も交えて打ち上げが始まる。
文化祭委員として仁雄が挨拶で教壇に立つ。教室の中央には机が寄せられ買ってきたものや余った焼きおにぎりが並ぶ。
「皆、昨日今日と楽しかったかー!」
肯定の返事が全員から上がる。それに仁雄は嬉しそうに頷いた。
「俺も楽しく委員としての仕事ができた。皆の協力があったおかげだな。このクラスは本当にまとまっていて過ごしやすい。来年の修学旅行も楽しいものになるだろう。まあ先の話はそのときになって楽しめばいい。今日は文化祭が無事に終わったことを祝おう。乾杯!」
仁雄が紙コップを掲げて、皆も乾杯と返す。ほかの教室でも打ち上げが始まったようで乾杯という掛け声が聞こえてくる。
教室のあちこちで雑談が始まる。自分たちの出し物のことやほかのクラスのことなど話題は様々だ。
会話は尽きることなく、楽し時間が続いて午後六時にそろそろ下校時間だとアナウンスが流れる。解散が近づき、片付けを始めて綺麗になった教室から次々とクラスメイトが出ていく。
将義も発電機を回収して力人たちと一緒に教室を出る。すでに日は暮れて、いくつかの教室についている電灯がグラウンドをほのかに照らしている。
片付けを終えて帰る生徒たちから、打ち上げの二次会だとはしゃぐ声も聞こえてくる。
そんなふうに楽しげな雰囲気の校舎から出ですぐに、下校している生徒の中を必死な形相で駆け抜けていった三人がいた。
「なんだろうな、あれ」
力人が不思議そうに言い、将義はさてなと首を傾げた。
(あの様子なら成功と言っていいんだろうな)
遠くに見える白間たちの背から視線を外しながらそんなことを思う。
家に帰り、玄関前で影の倉庫に発電機を収納して、屋内に入る。制服から室内着に着替えて一階に下りると父親がちょうど帰ってきた。
すぐに三人そろって夕食になり、文化祭に関して話しながら家族の時間を過ごす。
八時を過ぎて、自室に戻った将義は分身を残して、山岸の家へと姿を隠して飛ぶ。
山岸は自室にいて水晶を手に目を閉じていた。将義は部屋を結界で隔離し、変装状態で中に入り、山岸の精神状態などを調べていく。
マーナが考えたように性格が歪んでいるといったことはなく、少しだけ加虐を楽しむ性格が表れているだけだった。
調べることは調べて、水晶内空間の修正をしている山岸の意識を浮上させ、水晶を取り上げる。
「あ、急に戻されたと思ったら、あんたか」
将義が家の中に当たり前のようにいることは驚かない。悪魔を自殺させたり、水晶のようなものを渡したりしてくるのだから、それくらいはもう驚くことではないのだ。
「言ってあったとおり返してもらいにきた。それで仕返ししてどうだった」
「いくらか気は晴れた。これで明後日顔合わせて関わってこなければ安心だ」
「逃げていくところを見たが、期待できると思うぞ」
「だといいけど。こっちからも聞きたい。それはどうするんだ」
山岸が水晶を指差す。自分が熱心に作ったものの行く末が気になる。
「用が済めば壊そうと思ってたけど、こういったものを好みそうな奴がいるからそいつが来たとき遊ばせるさ。作っているところや、実際に人が入って体験しているところを見て、壊すのは惜しいと思えるくらいにはいい出来だと思ったしな」
「いい出来?」
その感想に山岸はきょとんとしたあと、嬉しげに口の端が緩む。
作るのが次第に楽しくなっていて、それの完成版を褒められて隠しきれない嬉しさがあったのだ。
「君は人を怖がらせるということに才があるのかもな。ホラー関連の仕事が天職か?」
将義は確信などなく思ったことを口に出しただけだ。しかしその言葉を送られた山岸は漠然とした未来に一つの指針を得る。ホラー映画やゲームの演出や脚本、ホラー作家、遊園地のお化け屋敷などなど、人を怖がらせる娯楽や職種に関して調べてみようと思う。
考え込み始めた山岸を将義は不思議そうに見て、今回の件を誰かに話せないよう魔法をかけて、家を出ていく。
山岸が我に返った頃には、結界も消えていて将義がいた痕跡はどこにもなかった。
翌日の休日に山岸はネット喫茶に出向き、そこで調べものをしていく。熱心に調べていく様子からはこれまであった憂鬱さは感じられない。
そしてさらに翌日、学校に行った山岸は白間たちが自分を見てすぐに視線を逸らし体を少し震わせていたことで、復讐の効果がきちんとでていると実感した。その日一日わざと近くを通り過ぎたりして反応を確かめ勘違いではないとわかり、爽快な気分で学校から帰る。
白間たちから絡まれなければ、山岸はこれ以上の仕返しなどする気はなかった。今は白間たちに関わるよりもやりたいことができたのだ。
山岸は充実した毎日を送って楽しく過ごす。文芸部などにも顔を出して、ホラーに関しての話し合いなどするようになる。反対に白間たちは毎日をわけもわからず怯え、人付き合いも悪くなるという反対の生活を送るようになる。
この逆転をクラスメイトは不思議に思う。山岸が明るくなったのは、ミニバザーでの成功体験がきっかけになったのだと推測していた。だが白間たちがいじめをやめて、大人しくなったことには首を傾げる。やがて付き合いの悪くなった白間たちに関心を向けることはなくなり、先導していじめる者がいなくなったことで山岸へとちょっかいを出すこともなくなる。このクラスは一応の平穏を得ることになった。
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