第82話 文化祭と裏イベント 6
三人は近くにある教室前の窓を空けようとしてできず、掲示板のそばにあった机をぶつけて割ろうとしたが、それも無理だった。ぶつけた机の脚は曲がったが、窓ガラスには汚れくらいしかつかなかった。
「割れろ! 割れろ! 割れろ!」
「やめろ、やめろって」
諦めずにというよりは、感情をぶつけるように羽崎が机を繰り返し窓にぶつけている。それを白間が背後から抱えて止めた。白間も館花もどうにか落ち着いている状態だ。その均衡を壊すようなことはしてほしくなかった。
机を持ったまま羽崎はもがく。
「離せよっ。割ってここから出るんだよっ」
「何度やっても割れねえんだからほかのとこに行くぞ」
「ほかのとこだって割れねえよ! お前たちだってわかってんだろ! おかしいよ! なんでこんなことになったんだ! 俺たちがなにしたってんだ!」
振り返り恐怖に顔を歪めて白間の胸倉を掴みながら言う。揺らされることを不快そうに白間は羽崎を押し離す。
「落ち着け。焦ったってどうにもなんねえよ。俺たちだっておかしいとは思ってる。そう思わない方がよほどおかしい。だけど焦ってどうにもなんねえよ」
「だけどよ!」
距離をつめてまくしたてようとした羽崎の頭を白間はそこそこの力で叩く。その衝撃に止まり、羽崎はぼうっとした表情を浮かべる。
「落ち着いたかよ」
「……ああ、すまなかった」
「白間も言ったけど、おかしいのは俺たちもわかってる。だからこんな場所さっさと出たい。焦ったら出るのが遅れるだけだぞ」
「そうだな」
館花に返事をして、羽崎は静かに周囲を警戒する。
三人は一階のドアや窓が開いていないか、探って回ることにして移動を始める。
まず始めに調べたのは目の前にある教室だ。目覚めた教室のように机などが動きやしないかと教室入り口から様子をうかがい、なにも動くことがなくほっとした様子で教室の窓を一つずつ調べる。
ここの窓も開くことなく、それなりの力で叩いても割れる様子はない。
外の窓は異常に頑丈だが廊下側の窓はどうだろうかと、椅子を投げつけようとして三人は教室の外から小さな音を聞く。遠くから聞こえるようで聞き逃すところだった。三人は息を殺して入り口に近寄って耳を澄ませる。
ズズズズッとなにかを擦る連続音がたしかに聞こえてきた。
「確かめる」
小声で言う白間に二人は頷きを返す。
白間はそっと廊下に顔を出す。見えるのは階段のさらに先にある廊下。点滅する電灯の下を大柄ななにかが移動していて、じっと見ている白間に気づかず曲がり角を曲がって別の棟へと移動していった。
真剣すぎるほどの表情で固まる白間を見て、なにかを見たと察した二人はそっと白間の肩に触れる。それで白間はゆっくりと動いて教室に体を引っ込める。
「なにかいたか?」
「ちらっとだけ見えたが、おそらく男だ。木槌っぽいものを引きずっていた。今は向こうの棟に移動した」
「用務員じゃないのか? よく覚えてないががたいがよかったろ」
羽崎の言葉に白間は首を横に振る。
「俺も用務員は見たことがあるが、あいつよりもでかかった。百九十センチ近いと思う。それに太ってるみたいで幅もあった。そういった先生とか見たことあるか?」
ないと二人は首を振る。そういった教員や生徒がいれば噂の一つくらい聞くだろう。現に二年にボディビルダーのような二人がいると噂を聞き、みかけたこともある。その先輩たちよりも太いと白間が言い、ならばなおさら噂になるだろうと二人は思う。
「近寄ったらたぶんやばい。あいつの行った方向には行かないで出口を探すぞ」
「おう」「ああ」
できるだけ音を立てないように教室から出た三人は近くの教室に入って窓を調べていく。割ることは無理だと思っているので、椅子や机を持ち上げることはせず、窓が開いてなければ次の教室に入る。
そうして今いる棟にある一年教室を時間をかけて調べ終えて、事務室といった普段白間たちが立ち入らない部屋に入ろうとして鍵がかかっていることに気づく。
「どうする? 蹴り壊すか?」
白間の提案に舘花が首を横に振る。
「音を立てるとお前が見た奴がくるかもしれないだろ」
それは嫌だから鍵を手に入れて開けたいと館花が言う。
お前はと羽崎が視線を向けられ、館花に賛成だと小さく告げる。
「鍵は職員室か?」
「そうだ。壁に掛けられているのを見たことがある」
「となるとあいつがいるかもしれない向こうの棟に行く必要があるんだが」
気が乗らなさそうに白間が言う。
「これまで以上に警戒して職員室に行くしかない。まだ向こういるなら二階とかほかのところを調べる。その間に移動すんだろ」
「だといいが」
渋々とだが館花に賛同し、移動を開始する。
職員室は別の棟の一階北側。ここは一階中央付近だ。棟を繋ぐフロアが近くにあり、大きな足音を立てないようそろりそろりと歩いていく。いつもより時間をかけてフロアを進み、別の棟がすぐそこまで近づく。
大男の足音などを聞き逃すまいと耳を澄ませる三人は、自分たちの呼吸や衣擦れ以外のものを聞いていない。そこにカランとなにか軽い者が倒れた音が響いた。
ビクッと三人は顔を見合わせて、互いに自分たちじゃないと首を必死に振る。
ではどこの誰がと周囲を見渡すと、自分たちが来た方向に、暗い中輪郭がぼやけた人間がいて、南廊下、すなわち白間たちが最初に調べた教室の方向を指差していた。
その人間は年の頃は三人と同年代くらいか、女子制服を着て、俯きぎみで表情はよくわからない。三人が見ていると気づいたのか、その女子は闇に溶けるようにすうっと消えた。
「っ!?」
驚きの声を上げそうになり、三人はすぐに自分の口を押さえる。
なんなんだと口を開きそうになった三人は、別の音を捉える。なにかを擦るような音だ。
その音にはっとした白間が二人をひっぱり、曲がり角にできるだけ静かに移動する。そしてそこから顔を出して、女子生徒がいたところを見ると、仮面をつけた大男が現れて、なにかを探すようにゆっくりと顔を動かしていた。
男の顔が自分たちに向く前に顔を引っ込めた三人は、必死に息を殺してじっとする。緊張から激しく脈打つ鼓動を聞きながら、ほんの十秒くらいが一分以上に思えて、やがてまた擦るような音が聞こえて、徐々に小さくなっていく。
離れていったのだと安堵して溜息を吐く。
「あれか、お前が見た奴は」
羽崎の問いかけに白間は頷く。一度目は暗くてよく見えなかったが、そのとき見たものと体つきがよく似ていたし、木槌という共通点もある。
「どう見てもやばい奴でしかない。関わったら駄目な異常者だ」
「だろうな。助けを求めて近寄ったらなにされるかわかったもんじゃない」
「なんでこんなことになったんだ」
白間が座り込んだまま頭を抱える。
「わかんねえよ。ほら、さっさと職員室に行くぞ。今が移動のチャンスなんだ」
白間は舘花に腕を引っ張られて、のろのろと立ち上がる。
三人は職員室に移動し、そっと引き戸を動かす。ここは鍵が閉じていなかったようで、少し音を立てて開く。まずは入り口からおかしなものがいないか観察し、無人の室内に入る。職員室は明かりがついておらず暗い。電気をつけたかったが、ここにいると知らせるだけなのでできない。やるならここから移動するときだ。そうすればこっちに気をひけて移動が安全になる。あとでここに戻ってくることがあれば、明るければ心が安らぐだろう。
「鍵はどこだったか」
「あっちだな」
反対側の入り口を館花が指差す。
「なあ」
無言で職員室の端を進んでいると羽崎が口を開く。それに白間が周辺に視線を向けつつなんだよと返す。
「大男の前に出た女はなんだったんだろうな」
「……正直あれについても考えたくないんだが、こんな状況で手品とかやっている奴じゃなければ幽霊なんじゃねえの」
答えつつ、これ以上の不可思議は許容オーバーだと白間は顔を顰める。
「だよな。でも俺たちに大男のいる方向を教えてなかったか?」
「そう見えはしたが、よくわからん」
「いや絶対そうだって。俺たちに教えてくれたんだよ。大男の味方なら俺たちの方を指差すだろ」
「かもしれんが」
思案する白間に対して、羽崎は明るくそうだと繰り返す。それはこんな状況で少しでも明るいニュースを得て安堵したいという思いの表れなのかもしれない。
その羽崎の肩を館花が軽く叩く。
「落ち着けよ。騒ぐと大男に見つかるからな」
「すまん」
自分でも興奮しかけていることがわかったのか、羽崎は深呼吸して気分を整える。その顔色は下駄箱で騒いだときよりもいい。自分なりの安心材料を見つけて、平静を取り戻せた。
鍵置き場に着き、いくつか欠けている鍵があるが、それを気にせず調べたところ以外の全ての鍵をそれぞれのポケットに入れていく。
そのときに鍵置き場の下に置かれていた薄汚れた新聞がちらりと白間の目に入る。廊下から入ってくる明かりでかろうじて読める大きな文字には、猟奇殺人という文字が一面に書かれていた。凶器はハンマーの類かという文字も大きめに書かれている。
それを読んだ白間は大男が引きずっていたのもハンマーだったなと考えて、小さく首を振ってそれ以上考えるのを止めた。
「どうした」
白間の仕草に館花が気づき尋ね、それに白間はなんでもないと返す。
「気になるんだが」
「新聞に気が悪くなる記事が書かれていただけだ。話しても暗くなるだけだぞ」
「そっか。追及して悪かった」
好んで暗くなりたいわけでもない館花は追及を止めて、次にどこに行くか話題を振る。
「とりあえずここの窓も調べておくか」
そう言う白間にそうだなと二人は返し、窓を調べて開かないことを確認した。
職員室から出た三人はそのまま近くの事務室応接室を調べることにする。近くには校長室もあったがそこの鍵はなく、鍵が開いているか調べてみたが開くことはなかった。
三つの部屋の調査が空振りに終わり、次はこちらの棟の一年教室と下駄箱に行こうと移動を開始する。
職員室隣にあった職員玄関を調べて開かず、近くにある一年教室二つも調べて収穫なく、教室から出る。
残り二つの教室と下駄箱を調べようと思いそちらの廊下に視線を向けると、廊下の突き当たりに再び幽霊のようななにかがいた。教室に入る前には確実にいなかったそれに、ビクリと体を震わせる三人。
今度は白間たちと同じ男子学生服を着た男で、やはり俯いて指差している。
「俺たちを指差している?」
羽崎が言い、いや後ろかと思いゾッとしながら急いで振り返るが、点滅を繰り返す電灯に照らされた廊下があるだけだ。
つられて振り返った二人と一緒にほっとして視線を元に戻すとまだ幽霊はそこにいて、三人はふと気づく。指差しているのが自分たちから少しずれていると。そっちには死角となって見えないが二階への階段がある。
もしかしてと三人が思うと同時に、ゴツンとなにかを置く音がして、汚れた大きな手が壁を掴む。そしてぬうっと仮面の大男の横顔が現れた。その薄汚れたピエロの仮面がゆっくりと三人へと向けられる。三人の視線と仮面の向こうの視線がぶつかる。大男の雰囲気が喜びに変わったのを三人は確信する。それは獲物を見つけたことで生じた感情だろうか。
「ぅ、うわああっ!?」
最初に悲鳴を上げたのか誰なのか。三人はそれぞれ自分だと思っていた。最初に羽崎が逃げ出して、それを追って白間と館花が走る。ポケットから一つ鍵が廊下に落ちたが、それに三人は気づかなかった。
背後からはベタンベタンと素足で走っているだろう音が聞こえてくる。
白間が振り返ると、ハンマーを両手で持って大男が追いかけてきていた。喉の奥で小さく悲鳴を上げて、先を走る羽崎の背を見失わないように足を動かす。
こけかけながら職員室手前の角を曲がって別の棟に向かい、真正面に見える階段を上がって三階までいっきに走る。背後から聞こえていた低い足音はすでになく、階下を覗き見ると追ってきている様子はなかった。
三人はその場に座り込み、静かにするということも忘れて荒い呼吸を繰り返す。
「こ、怖かった」
「ほんとにな。動いてくれて助かったぜ」
羽崎が動いたおかげで、館花も逃げなければと体が動いたのだ。羽崎としてはあの瞬間友人のことなど頭になく、ただこの場を離れたいと思っていた。白間はなんとなくそれを察してたが、ここで責めるように言ったところでなにもならないとわかっていて黙る。それに逃げた気持ちもわかるのだ。白間もあんなもののそばにいつまでもいたくなかった。
呼吸を整えて、これからどう動くか話し合う。
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