火口の大精霊

 『神速』を使うことで、坂でもそれなりの速さで登ることができる。

 徒歩での移動よりも数倍早い時間で火口付近まで到着した俺は、早速大精霊に声を掛けてみることにした。


『あー、聞こえるか?』


 そうテレパシーで無差別に声を掛けると、静まり返っていた火口が突然騒がしくなる。


『えっ、なに? 人間?』

『珍しいね里の人たちでも見える人いないのに』

『何の用なの?』


 予想通り、それなりの人数がいるようだ。岩陰に隠れていた大精霊たちが姿を現す。やはり火の大精霊が多い。

 俺が交渉したいことは手助けについて。俺の知り合いがいればまだ交渉がしやすいんだけどな。


『勇者だ、手助けしてくれないか?』


 簡潔にそれだけを伝える。俺のことを知っている大精霊は多くいるが、よく話していた大精霊は限られる。

 例え知り合いがいなくても勇者というワードを出せば話程度なら聞いてくれるはずだ。


『勇者?』

『あーいたね。あの時のでしょ? 噂には聞いてたけど本当に生きてたんだ』

『あの時は精霊界の危機だっていうから手伝ったけど、今は助けるメリットがないなー』


 やはりか。初めからこうなる可能性はあると思っていた。口ぶりからして水の精霊から話を聞いたのだろう。なにせ精霊王が関わった話なのだ。

 しかしそれでも自分たちには関係ない、被害が出ていないからどうでもいいと考えているのだろう。フォボスや他の魔王候補がナイアドのように精霊を利用した行動をしなければ大精霊にとってはただただどうでもいい話なのだから。


『なら、ここの竜についても教えてくれ。精霊と竜に関りはあるのか?』

『竜? ここの竜は良く知らないよ。関わりのある竜って言ったらサラマンダー様くらい?』


 サラマンダー、火の精霊王の守護者か。風はシルフ、水はウィンディーネ、土はノームだ。

 確かにサラマンダーは竜だったな。しかし精霊と竜の関りが無いとなったらここに来たことが無駄足になってしまう。


『そうか。じゃあ、ここにヴール、ソイル、シエルはいるか?』


 それぞれ火、土、風の知り合いだ。ドロップほどではないにしてもまあまあの頻度で手伝ってもらっていた。

 彼女らがいなければ勝つことができない戦いも多かったな。


『ヴールなら昨日来てたよね』

『来てた来てた。他の二人は知らないなー』


 ヴールは来ているのか、なら呼んでもらおうかな。しかし無償では頼まれてくれないだろう。ここはひとつ魔石に魔力でも込めて渡してみようかね。


『あ、あの。シエルちゃんなら、知り合いです』


 視界の端の方で緑色に光る大精霊が映る。土の大精霊は……誰も反応しないか。そもそもここにいる大精霊の数に比べて受け答えしてくれる大精霊の数が少なすぎるのだ。泣いちゃうぞ勇者君。

 しかし風の大精霊か。シエルの知り合いがいるとはな、正直期待していなかっただけに驚きだ。


『本当か? できればだけど呼んでもらうことってできる?』

『どこにいるかまでは分からないので、その、時間は掛かるかもしれません……』

『あーそっか。なら会う機会があったら勇者が来たって伝えといてくれ』

『! 分かりました!』


 なんかフォトに似てるなぁなんて思いながら他の大精霊との会話に戻る。ああいう子との交渉は楽でいいのだが、残念ながら大精霊の中にはめんどくさい子の方が多いのだ。


『そんじゃ、そこのあんたちょっと頼まれてくれないか』


 目視できる場所にいた一番近い火の大精霊にテレパシーを送る。


『頼み? 分かってると思うけど、タダじゃダメよ』

『当然。待っとけ』


 久しぶりに使う『倉庫』スキルの中から火の魔石を取り出し、気合を入れて魔力を注入する。

 魔力操作はスキルと違い魔法に近いので苦手なのだが、まあ魔力を込めるくらいならなんとかなる。


『よしできた。ほらよっ』

『えっほんとに!? やったー勇者の魔力だあああ!!!!』


 普段はなんか自分を食べさせてる感じが嫌で自分の魔力を大精霊に与えていなかったのだが、今回はそんなことを言っている場合ではない。親しい大精霊には魔力を与えていたのだから今更だろう。

 それにしても喜びすぎでは。俺の魔力ってそんなに価値あるの?


『ほら、あんたも』

『えっ、いいんですか?』

『おう。あいつによろしくな』


 フォトっぽい風の大精霊にも魔石を渡し、交渉は完了する。

 他の大精霊に協力をお願いしようかとも思っていたが、やはりだめだな。今この場で全員分の魔石を用意したとしても、それで命を懸けた戦いには参加してくれないだろう。


「さて、どうするか」


 想像以上に早く終わったので暇を持て余す。さっさと帰ってしまってもいいのだが、フォトが帰ってくるまではそれなりに時間がかかるからなぁ。

 あ、そうだ。火口の様子でも見てくるか。噴火しそうだったら危ないもんな。


「…………儀式、ね」


 リュートの儀式は完了していなかった。儀式が宝石を投げ込み念じるだけなのだとしたら、ここで竜と会話ができるのではないだろうか。

 試しに宝石を取り出す。もしもの時のためにちょっと高めのいいヤツを選んだ。

 火口に放り、目を閉じて集中する。そして、テレパシーと同じ感覚で念じてみる。


『聞こえるか、竜』


 返事は特にない。しかしあの方法で加護を手に入れることができるのなら聞こえているはずなのだ。

 その後も何度か念じてみるも、いずれも反応がない。本当に聞こえているのだろうか。だとしたら宝石返してくれない? 宝石泥棒じゃんもう。


「おいおいどうしたよ忘れ物かァ?」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 呆れた、もう準備は終わったのか。いくら何でも早すぎるだろう。


「忘れ物っていうより、落し物だな。それより、お仲間はどうしたんだ? フォボス」


 これから殺し合いをするというのにお互いに恐ろしいほど冷静な会話を始めた。

 こいつのように憎しみもなくただ目の前の敵を倒すという考え方の奴とは会話がしやすい。俺も別にフォボスに対して怒りは湧いてこない。ま、被害が出れば怒りは湧くかもだが。


「あいつらは後から来るぜ。ちょっとこっちでも準備に時間がかかっててな」

「いいのかよそんな情報喋っちまって」


 脅しでも仲間はすぐに来るとか言っとけば引く可能性はあっただろうに。


「構わねェさ、どうせお前はここで死ぬんだ」

「またそれか。慢心してると負けるぞ?」

「それが負けねぇんだわ。テメーはつええよ、認めたかないが、オレ様よりな」


 そこまで力量差を理解しているのならば、一対一での戦闘はしないだろうに。あの場面で一度引いたフォボスならばなおさらだ。


「何をするつもりだ」

「地獄を創る。行くぜ、テラ――――――」


 フォボスの手に魔力が集まる。天に掲げられた腕がゆっくりと降りていく。避けるか? と思考するが、フォボスの腕は俺を通り過ぎ、火口に向けられた。

 まさか。


「――――――フレイムッ!」


 『テラフレイム』!? 確かベストーハで戦った魔族が使っていたのは『メガフレイム』だった。威力はその一つ上……いや、それ以上?

 『メガフレイム』とは比べ物にならない威力の炎が火口に突き刺さる。まるで炎の柱だ。


「ひゃーっはっはっは!!! さあ開け! 裏世界のゲートよ!!!」


 裏世界の、ゲート……火口にあったあのゲートか!

 地面が揺れる。そうだ、あの時、リュートが儀式をしたときにも地震があった。

 だが、その原因は結局分からないままだった。噴火や爆発なのかと思っていた。もしあの原因が同じように火口への攻撃によるものだとしたら。

 ゲートが、開いてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る