火炎王フォボス

「なんだァ? 怯えて声も出ねぇか?」


 ドヤ顔で火口に立つ男を見上げながら、どうするべきかと考える。

 魔王候補の名前はナイアドが前に言っていた。確か、炎の魔王候補の名は。


「火炎王フォボス、か」

「あん? ナイアドのヤロー言いやがったか…………じゃ、全員ここで殺してやらねぇとなァ!!!」

「っ! リーナ! 下がれ!」


 ガキン! と剣と剣がぶつかり合った。リーナを後ろにいたフォトに任せ、自分はフォボスと戦う。

 フォボスの大剣はヴァリサさんのような巨大な剣とも違う。炎のように揺らめいた真っ赤な刀身。まず間違いなく魔剣だ。


「フランベルジュ、だったか」

「へぇ、よく知ってるじゃねぇか。正解だ。テメー何者だ?」

「ちょっと昔の旅人だ。今ここで死ぬか、捕まるか選べ」

「はっ! どっちもお断りだ! 貴様らは今ここで死ぬんだからなァ!」


 二振りの剣が交わる。

 剣の大きさに差はあるものの、力では劣ってはいない。押し切るまでは行かずとも相手の大剣を弾いて捌く程度は容易にできた。

 相手も馬鹿ではないのだろう。こちらの力量を悟り、防御する戦術に切り替える。


「僕を忘れてんじゃねー!!!」

「くそっ……! なんだこいつら……!」


 そこからさらにリュートが参戦してくる。ヴァリサさんとフォトで族長とリーナを守っているが、あの二人が加わればフォボスは何もできずに倒されるだろう。

 しかし、例外も存在する。背後に仲間がいたらどうする。隙だらけになったリーナと族長が狙われるだけだ。こうしている間にも竜の里に魔族が向かっているかもしれない。なら、短期決戦だな。


「ちぃ……やるなおい。こりゃ分がわりぃな」

「逃がすかよ! ……翼!?」


 フォボスは後ろに飛んだかと思うと、空中で浮き続けた。

 背中にはドラゴンの翼が生えている。バッサバッサと翼を動かしながら火口へ向かった。これでは手を出すことができない。


「ひゃはは、人間が空を飛べっか! 今度は仲間も引き連れて潰してやる!」

「やってみな……っらあ!!」


 この状況から空を飛ぶことはやろうと思えばできるが、技を出すまでに逃げられてしまう。

 なので斬撃を飛ばすスキル『斬風刃ざんぷうは』をフォボスに向けて放つ。が、ギリギリで躱されてしまった。おしい。


「っぶねぇな! じゃーな!」

「おい待て!! って消えたぁ!?」


 俺たちが追いかける間もなくフォボスは火口の中心付近で光となって消えた。あれは転移か?

 しかし転移ができるのなら回り込むことだってできるはずだ。ということは空間移動ではなく世界移動の転移と考えるべきか。

 言ってしまえば、ドロップが水の魔石からこちらにやってくるのも転移のようなものだ。それと同じようなことをしたのだろう。


「魔界へ移動する方法があるんだろうな。とにかく今は安全確保だ。竜の里の人たちが危ない」

「魔族……それも竜の特徴を持った魔族だと……? 我々はどうすればよいのだ……」

「あれは人間を滅ぼそうとする邪竜ですよ。きっとここの火竜の敵でもあります」


 最も、ここの火竜がどっち側につくのかは分からないのだが。

 もしも火竜が向こうに協力するのだとしたら、ここの一族には悪いがぶっ倒させてもらう。


「……ならば我々は逃げるわけにはいかぬ。我らは竜と共にあるのだ、共に戦うぞ」

「そんな! 危ないですよそれは!」

「リュートよ、竜の一族としての自覚があるのなら受け入れよ」

「無駄だぜリュート。この一族は……っていうか、竜関係の奴らはみんなこうなんだ。本人がいいならそれでいいだろ?」

「そうだけど……」


 しかし戦うと言っても戦力になるのだろうか。魔力を見る限り一般人よりは強いが、戦闘慣れしているかどうかは別だ。

 さーてどうすっかなーと思っていると、袖をくいっと引っ張られる。あーはいはい。リーナね。


「あ、あんなのと戦うの?」


 不安そうな顔でこちらを覗き込むリーナ。正直予想外なのだ、魔族がいるのは。

 なんとなく、ベストーハで魔族と戦ってから可能性の一つとして火山に魔王候補が来ていることは考えていた。だがまさか本当にいるだなんて。それもこのタイミングで。

 頭が上手く回らない。とにかく倒さなければ。


「そうだ。あと、ここからは本当に危険なんだ。しばらく近くの街で待機してくれ」

「…………わかったわ。仕方ないのよね」

「いい子だ。フォト」

「うぇっ? はいっ!」


 自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。フォトは上ずった声で返事をした。


「リーナを抱きかかえて『神速』で前の街まで行ってくれ。って、一人にするのは危ないし戻ってこれないか……」

「わたしも、戦いたいです」


 だよな。主戦力の一人だし。俺一人でどうにでもなるってわけでもないのだ。向こうが数で攻めてきたら俺でも対応できなくなる。

 なにかないかな、リーナを守る方法。


「へーいキール! 今何してるのー?」


 悩んでいると、今の雰囲気に似つかわしくない元気な声が聞こえてきた。


「ドロップか。今それどころじゃ……ドロップ!?」

「はーいドロップでーす。えっ、何々どうしたのー?」

「そうだ! その手があった! よーしリンクスを呼べ、作戦会議だ」

「なんかよくわかんないけど了解!」


 俺が今付けているペンダント、これをリーナに付ける。

 そうすればリーナをドロップが守ってくれる。通信手段は失われるがそれはそれ。どうせプレクストンからここまで来るのに数日かかるのだ。状況報告なんていちいちしてられない。できるのは結果報告だけだ。

 リーナを一人にするのは心配だが、ドロップが人に変身すればとりあえず幼女二人にはなる。まあそれはそれで狙われそうだが、ドロップなら何とかしてくれるだろう。


 火炎王フォボス。竜族の王か、そこまで行ったら本当に魔王級じゃないか。これまで以上に油断できない。本格的に叩き潰さなくては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る