勇者の魂

 酒場を飛び出してフォトの家まで走る。人が多いため『神速』は使えない。使えないこともないが、焦りによるミスが怖いので今できる全速力で走る。

 勇者とはいえ俺は人間。傷を癒すことはできても疲れはどうにもならない。ペース調整をせずに全速力で走れば当然疲れる。だが、止まるわけにはいかない。郊外までいけば『神速』が使える。


 もう帰ってきているだろうか。疲れているフォトに酒場まで迎えに来させるなんて、最低だ。

 郊外まで来ると人もいなくなる。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ『神速』で走り抜ける。酒を一気飲みして酔ってしまったためか身体が重い。


「ハッ……ハッ……」


 集中力が保てなくなる。空は暗く、厚い雲で覆われている。今にも雨が降りそうな雲の下、残像と共に郊外を走り抜けた。


「フォト……!」


 家に到着し。扉の前で深呼吸をする。

 雲のせいで暗くなり、じめじめした空気が不安を煽る。


「すぅーーーーはぁーーー……よし」


 扉を開けると、そこにはフォトがいなかった。よかった、と思うと同時にこの時間まで帰ってきていないという事実に不安が増す。

 テーブルの上に置いたメモも動いていない。


「……迎えに行った方がいいかな」


 水を飲み酔いを醒ます。雨が降るかもしれない。フォトの帰り道を走って迎えに行こう。

 だが、フォトは一人で依頼を達成すると言った。そこに俺が行っていいのだろうか。

 邪魔をするわけでもない、迎えに行くだけなら大丈夫なはずだ。


「……? あれは……」


 外に出て草原に出るまでの道を見ると、遠くから誰かが歩いてきている。

 『千里眼』を使い見てみる。遠くに立っていたのは、血だらけで足を引きずるフォトだった。


「フォト!!」


 迷わず『神速』で一本道を走る。フォトの目の前で止まる。が、フォトは俺に気づかない。

 肩を掴み、声を掛ける。それと同時に『キュアー』でフォトの傷を癒す。これで傷はある程度ふさげたはずだ。だが、血は消えない。見ているだけで胸が苦しくなってくる。


「フォト、大丈夫か?」

「ぁ……勇者、様?」


 ようやく気付いたようで、顔を上げた。右目に血が入り開けられなくなっている。痛々しい傷が目立つ。


「お前、なんでこんなになるまで……」

「勇者様に、認めてもらいたかったん、です。だから、頑張って……」


 途切れ途切れに喋るフォト。その言葉に驚き、一瞬声が出なかった。


「認めてるよ。俺は、認めてる。勇気を出せる奴はみんな勇者なんだ。フォトは、十分勇者だよ」

「本当、ですか……?」

「ああ」


 フォトが上手く立てなくなり俺に身体を預けた。俺はフォトの身体を受け止め、抱きしめる形となった。


「血が、ついちゃいます、よ……」

「構わない。よく頑張ったよ、フォトは偉い」

「えへへ……嬉しい、です」


 申し訳ない気持ちと、今謝罪してフォトを困らせてはいけないという気持ちでもやもやする。

 そろそろ、帰らなきゃな。


「なあ、そろそろ家に帰らないか?」

「もう少しだけ、このままでいさせてください……」

「…………わかった」


 フォトが何を思って抱きしめられている状態でいたいのか、それは分からないが、聞くべきでもないだろう。いつか、聞いてみようかな。


 空気が変わる。土の匂いが混じったこの空気、そろそろ雨が降る。

 そう思った瞬間、俺の鼻先にぽつ、と雨粒が落ちた。その雫に続くように雨粒はぽつ、ぽつぽつと地上に降り注ぐ。熱くなっていた頭も冷える。フォトの血も雨で多少は流れた。


「雨、降ってきちゃったな」

「すぅ……」

「って、寝てるじゃん。……仕方ないか」


 俺の胸の中で寝るフォトを起こさないように、背中と膝裏に手を回し持ち上げた。軽いな、まだ子供だ。

 帰ろう、帰って寝かせてあげよう。


* * *


 家までフォトを運び、血を拭き取ってベッドに寝かせた。そういえば、出会った時もこうやって寝かせたっけ。

 痛かっただろうな、辛かっただろうな。今まで、こんな大怪我をしたことなんてないはずだ。それなのに、草原から街まで歩いてきた。強いな、フォトは。


「んん……あれぇ」

「まだ寝とけ。痛むだろ?」

「いえ、起きちゃいました」

「そうか」


 数秒の沈黙。


「今日は、色々なことがありました。話していいですか」

「ああ、聞かせてくれ」

「まずは――――――」


 フォトは俺に魔物を倒した時のことを話してくれた。

 植物の魔物プラントを大量に倒し、最終的にハードプラントを討伐したこと。


 ハードプラントと言えば、複数人で討伐する魔物だ。少なくとも一人で倒す魔物ではない。

 フォト、自己評価は低いが実力は本物だ。スキルを覚えるのも早いし、剣の扱いも申し分ない。


「フォト、ハードプラントを一人で討伐するって、それ凄いことだぞ」

「で、でもこのくらいできないと勇者様のそばにいる資格なんてないじゃないですか……」

「いやいやいや、え? だって俺の時代だってハードプラントを一人で倒す奴なんて限られてるぞ。いても騎士とか、そういう実力者だけだ」


 少なくともその辺の兵士じゃハードプラントを一人で討伐、なんてことはできないだろう。

 冒険者として戦う人が少なくなってきている今、フォトは貴重な存在なんだろうな。


「そうだったんですか……なら、わたしはブロンズランクに相応しい冒険者になれたでしょうか?」

「十分どころじゃない。ランクの実力は分からないけど、ブロンズなんて優に超えてるはずだって」

「そうなんでしょうか……」


 シルバー? いや、もっとだ。ゴールドとか、それ以上の可能性もある。


「安心したらまた、眠くなってきちゃいました」

「寝ていいよ、近くにいるから」

「ありがとうございます」


 再びフォトが寝始める。体力を回復させるなら寝るのが一番だ。

 次にフォトが目覚めたら、ちゃんと謝ろう。

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