憎めない荒くれもの
このままでは男二人がクマに襲われてしまう。そう思いひとまず石を投げてクマの意識をこちらに向けさせる。『投石』投げた石の速度が大きく上がるスキルだ。
「こっちを見ろォ!」
クマがこちらを睨む。魔力を持った獣、魔獣だ。
確か、ハンターベアだったか。ハンターベアは森の奥地に生息する魔獣だ。こんな平地の森にはいないはず。珍しいな。
「フォト、できる?」
「で、でもっ」
「無理でもサポートする。安心しろ、俺がついてるから」
「……やってみます」
こういう時に覚悟が決められるのはすごい。俺がいるからと安心しきっているのかもしれないが、それでも前に出れる覚悟が出せるのだ。将来に期待だね。
「やあああっ!」
「ガウウウウ!!」
爪を剣で弾き、のけぞったところを斬りつける。
分かりやすい戦い方だが、相手が動きを変えてきたらそのたびに動きを変えなければいけないため集中力が試される。
フォトの剣がハンターベアの胸部を斬りつける。しかし毛皮が厚く大きな傷にはならない。
俺もそんなフォトを応援しながら支援スキルを使う。
『隠密』を使い認識されにくくし、フォトの剣に攻撃力が上がる『攻撃強化』を付与。身体には防御力が上がる『防御強化』と、それぞれ二つのスキルを使う。
これで簡単なサポートは完了した。後はフォトの実力を調べよう。
「よしっ……!」
爪を大きく弾いた。それと同時にフォトは斬りつけようとするが、あれではダメだ。
ハンターベアは先程の攻撃を学習して咄嗟に踏ん張ったのだ。
体勢は崩れず、反対の爪がフォトに向かって襲い掛かる。
「ガウウウウウウウウウ!!!」
「あっ……」
直後、フォトは自分に攻撃が直撃することを察した。そして恐怖する。
戦闘中、自分が攻撃を受けることはある程度察せるのだ。「あっこれはまずい」と一瞬で思考する。しかし身体は動かない。普通に戦ったらフォトはここで負け、大怪我を負うだろう。
フォトの実力はある程度分かった。とりあえず戦闘を終わらせよう。
剣の柄に手を掛け、スキルを発動させる。
肘から剣にかけて、感覚が研ぎ澄まされた。抜刀スキルの構えだ。
「抜刀………………『刹那斬り』!」
魔力が剣全体を覆う。青い光と共に剣を抜く。閃光と共にハンターベアの胴体に青い線が描かれた。
その線に沿ってハンターベアの上半身は地面に滑り落ちる。剣に付いた血を払い、鞘に収める
抜刀スキル『刹那斬り』雑魚相手に重宝していたスキルだ。一時的に切れ味も上がるため一気に決着をつけることができる。抜刀しながら斬るだけのため時間もかからない。おそらく魔法にはない技だ。
「よし、終わったな」
ぽんとフォトの頭に手を乗せる。頭に手を乗せた瞬間にビクッと驚かれた。ああ、『隠密』で気づかなかったのね。
「わっ!? っと、すみません。倒せませんでした……」
「お疲れ。まだあれを倒すにはちょっと早かったな。悪い」
「そんなっ、わたしがまだまだなだけですからっ!」
実際ギルドに入ったばかりの冒険者が戦う相手ではなかったのだろう。
だがそこまで強い魔獣が浅い森までやってくるとは、奥で何かあったのだろうか。
まあたまーに森の奥から出てくることもあるし、考えすぎだな。
「そ、そうだ。大丈夫ですかっ!?」
思い出したかのようにフォトが男二人に話しかける。俺も忘れてた。
一人はまだ腰が抜けているようで立ち上がれないが、一人は尻もちをついていただけだったのでフォトの手を取り立ち上がることができた。
「あ、ああ。お嬢ちゃん強いな」
「いえ、わたしはそんな……」
ふむ、フォトがハンターベアを倒したと思っているな。まあそう思わせたんですけどね。
『隠密』は人にも効果がある。だが知っている相手ほど効果は薄くなるのだ。フォトはうっすらと俺を認識できただろうが、この二人とハンターベアは見えてなかっただろうな。
というわけで『隠密』を解除する。
「生きててよかったな。俺たちが来てなかったら死んでたぞ」
「な、なんだお前。何もしてないだろ!」
「ち、違いますっ! キールさんは――――――」
フォトが俺が倒したことを伝えようとしたので再び頭に手を乗せる。
「あー、一応サポートはした。何もしてないわけじゃない」
「……そうなのか、悪かったな」
俺が倒したと言ってもいいのだが、言いふらさないとは言い切れない。
俺が有名になってしまってはいけないのだ。関係のない人に深くは関わらない方がいい。
「アニキ! 大丈夫でやんすか!」
「むしろお前だろう。腰ぬかしやがって!」
「ごめんなさい!」
小さい男が動けるようになった。アニキ? 兄弟には見えないな。
「あの、お二人はここに住んでいるのですか?」
「ああ、街には住む場所がなくてな」
「仕事は、していないのですか?」
おうおうすごい聞くじゃん。仕事をしていたらここには住まないだろう。
金がないからハチミツを採取して食ってたんだ。
「自給自足でやんす! アニキはすごいんでやんすよ、ハチに刺されないんでやんす!!」
「お前は無理に手伝おうとして刺されたけどな」
「忘れてほしいでやんす……」
「その結果、ハチミツを大量に採取か。まあ保存が利くからな、多くて困ることはない。だけどな、大量に主するのは良くない。ルールを破ったことになる」
「う、うるせぇな。こっちだって生きるのに必死なんだよ!」
生きるのに必死ね。食糧が置いてある場所にはキノコや山菜も多く置かれている。果物もだ。
自給自足が悪いとは言わないが、流石に採りすぎではないだろうか。
「だとしてもだ。必要最低限採取するってわけにはいかないのか?」
「……そうすると、何も食えない日がある。採取は安定しねぇんだ。大量に採って、多く採取したら売っちまえば金になる。多少のルール違反くらいしねぇと死んじまうだろ」
「仕方ないのかもしれないが、そしたら食べ物の匂いに釣られて魔獣が近づいてくるぞ。それは実感しただろ?」
ハンターベアが食べるのはハチミツ……ではなくハチの子だ。ハチの幼虫を食べている。
もしかしたらハチミツの匂いを追って来たのかもしれないから食べ物に釣られたで間違ってないだろう。
「な、ならどうすればいいんでやんすか!」
「冒険者として採取すればいいだろ……得意なんだろ、そういうの」
「まあ、それも考えたが……」
「依頼を受けたくない理由はなんだ?」
「それは……国の下に付いた気がして嫌なんだ」
「そうか。じゃあ次の質問だ。お前らは何がやりたい?」
自分への問いかけでもあった。俺は今何をやりたい。フォトの願いを叶える、それはやりたいことではなくやらなければいけないことだろう。
「やりたいこと……天下を取りたいぜ! オレが人の上に立つんだ!」
「流石アニキでやんす!」
なんだ、俺よりもしっかりした目標があるじゃないか。
「ならやればいい。ここに住んでても何も変わらないだろ? 下に付こうが何だろうが、いつか上に立ってやるって思いながら行動すればだいぶ違うぞ」
「下に付いてもいい、いつか上にだと……?」
「そうだ。まあどうしようがお前の勝手だがな。あ、そうそう。命を助けたお礼にハチミツは貰ってくぞ。じゃあな」
「で、ではこれでっ! 頑張ってくださいねっ!」
ビンにハチミツを入れ、洞穴を去る。さらば名も知らぬ二人の荒くれもの。
少し関わりすぎたかなと思ったが、まあ足踏みしてる奴らをただ見てるだけってのは何か嫌だったし、これで正解だろうな。
何はともあれ依頼は達成した。料理屋にハチミツを届け、報酬金を受け取る。
後はギルドに報告するだけだ。
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