独り暮らし

@untarou

無題

 今日から一人暮らしになった。


 やりたいわけでもない残業をこなし疲れた身体に鞭を打ちながら着く家路は、街頭の光が十分に届いていない住宅地の薄暗さと相まって、何とも言えない喪失感をもたらす。

 

 右手にぶら下げたコンビニの袋にはいつもの缶ビール、いつもと同じ銘柄の煙草。そして、いつもとは違って弁当が入っている。


 ドアの前に着いて鍵を取り出そうと、バックのチャックを開け中をまさぐるが見つからない。無くさないようにと鈴のストラップが付いた鍵は、バックのいつもとは異なったポケットに入っていた。


 ワンルームのアパートのドアはすごく重かった。築10年ほどで古いアパートではなかったが、まるで廃墟の錆びてしまったドアのようだった。


 中に誰もいないのは分かっていた。当たり前だ。しかし、その薄暗い室内と、冬の寒さで冷やされた床を踏み締めて初めて実感してしまった。現実のことなのだ。


 どちらが悪いという訳ではなかった。だからといって、子供のような小競り合いがあった訳でもない。仕方なかった。そもそも、そういった細かい食い違いは過去に何度もあったし、それを認め乗り越えることで仲を深めてさえいった。でも、今回は違う。そういう問題ではなかった。


 スーツのジャケットを自分でハンガーにかけるのは久しぶりだった。残りも脱いで部屋着に着替えようとするが、億劫になってしまった。


 外出着のままベッドに座って手を合わせる。まずは片手でビールを開け、半分ほど乾いた喉に流し込む。次に、弁当の蓋を開け、おかずを口に運ぶが、冷えていた。コンビニ弁当は温めるものだということを忘れていたが、今更温める気にもなれなかった。


 一人暮らしになったのは正確には今日からではない。だけど、部屋を暗くしてベランダで煙草を吸っていたら、急に独りが襲ってきた。煙草の煙が目に滲みて潤んだ目から通して見る星空は、美しかった。


 風呂に入って寝巻きに着替え、いつもより早い時間にベッドに潜る。目を閉じるのは怖かったが、早く目を閉じて眠ってしまいたいという思いもあった。目を閉じればすぐに眠りにつくことができた。疲れが溜まっていたのだろうか。


 もう彼女に会うことはできない。

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